Xが教団への帰依を深めていった背景に、納得できる点がなかなか見いだせないでいた。

「私自身がオウムであり仕事よりオウム優先でした」

巡査長は自分の生い立ちや入信のいきさつなどは流ちょうに話したが、井上嘉浩の話となると少し憮然としながら答えた。

入信当時から面倒をみてもらった兄貴のような存在だったはずが、井上とは何か因縁がある。石室らはそう睨んだ。

井上の指示を受けオウムに警察の内部情報を渡すに至った経緯について、Xはこう話した。

X巡査長は井上嘉浩元死刑囚から協力を要請されたという
X巡査長は井上嘉浩元死刑囚から協力を要請されたという

「1994年9月に井上から『オウムが危ない。協力してください。尊師も期待しているんです』と依頼されて、井上の携帯電話番号を自分の電子手帳に入力して連絡を取るようになりました。
当時の私はオウムを助けたいという気持ちが強かったんです。そして警察関係の資料についても、オウムのためになるならという気持ちで渡しました。

毎週道場に通っていましたし、1995年2月頃から私自身がもはやオウムであり、警察の仕事よりもオウム優先でした」

オウム真理教のマーク
オウム真理教のマーク

「自分自身がもはやオウムである」

ここまで入れ込んでいたのか。

調べ官3人は息をのんだに違いない。

石室が「築地の特捜本部に行ってからは井上とどんなやり取りをしていたの?」と尋ねると、Xは体を明らかにこわばらせた。

この場面を境に、下を見たり目を閉じたりして明らかに供述を渋るようになった。

井上嘉浩元死刑囚についてX巡査長は供述を渋るように
井上嘉浩元死刑囚についてX巡査長は供述を渋るように

「3月23日(注:前述の「行動概要」(第14話参照)では「21日」となっている。X供述で日付などは常に変遷した)に、井上からポケベルが鳴り連絡すると『本栖湖に警察が集まっているので、何があったのか調べて貰えませんか?今度捜索はいつ入るんですかね?』と切羽詰まったような感じで言ってきたんです。

『これからは毎日電話してください』とお願いされ、帰宅途中で、その日の捜査内容を定時連絡として報告していました」

東京大学医学部附属病院
東京大学医学部附属病院

「長官銃撃事件はどこで知ったの?」

石室がこう尋ねると、Xは暫く考えるような仕草をしてから「テレビのテロップで知ったんです。東大病院のテレビでした。東大病院に行ってから御徒町の公衆電話ボックスで事件について井上に連絡すると『そうですか。悪い人がいますね』と言って、明らかに声が弾んでいたんです」と話す。

あくまで東大病院のテレビで観て知ったと、この時点でも嘘を重ねた。