二十歳の式典2日前の南三陸町。会場には、実行委員会の若者が集まり、最終リハーサルが行われていました。
実行委員長の畠山興斗さん(20)です。
畠山興斗さん
「町外に行ってしまった人たちはもちろん忙しいので、町内の自分がここに帰ってきた人のために、しっかりとした式を行うために実行委員会に入りました」
震災発生当時、5歳だった畠山さん。去年から、ある挑戦を始めました。
畠山興斗さん
「地震の対策などはしていたので鉄骨自体は残ったのですが、そのほかのものは流されてしまったんですね」
震災の語り部です。
当時、通っていた保育園から避難する際に目撃した黒い津波が、脳裏に焼き付いています。
畠山さんは高校を卒業後、町の観光協会に就職し、震災伝承施設「南三陸311メモリアル」に配属されました。
畠山興斗さん
「お世話になった方々にどうやって恩返しができるのかと考えたときに、まちづくりとして恩返ししようという思いがあった」
「震災の記憶が残る、最後の世代」。
使命感を持ちながら、震災の語り部として活動しています。
実行委員会に立候補したのは、新たな町づくりを担っていく、決意の表れでもありました。
畠山興斗さん
「一度町を出たことにより、戻ってきた時に改めてこの町の良さ、違う視点からこの町の良さを知ってもらえたらと思っている」
迎えた、式典当日。畠山さんは、実行委員長として、これまでのこと、そして、今後の決意を語りました。
畠山興斗さん
「私たちは幼いころに東日本大震災を経験し、日常が突然失われる現実を知りました。また、成長の過程では新型コロナウイルスの流行により、当たり前と思っていた学校生活や人とのつながりが制限される日々も経験しました。これからの社会は正解のない時代と言われていますが、私たちはこれまでの経験を力に変え、自ら考え行動し、責任を持って、それぞれの道を歩んでいきたいと思います」
それぞれの思いを胸に…若者たちが、新たな一歩を踏み出しました。