中央防災会議の下に設置された「首都直下地震対策検討ワーキンググループ」は12月19日、首都直下地震の新たな被害想定を公表した。

冬の午後6時に風速8メートルの気象条件で都心南部直下地震が発生し、震度7の揺れが東京・神奈川を中心に直撃する想定では、全壊・焼失が約40万2千棟で、このうち地震火災による焼失が約26万8千棟を占め、東京23区と神奈川県の木造密集地での延焼が際立つ結果となった。

人的被害は、建物倒壊等による死者約5300人、火災による死者約1万2000人、その他の要因を合わせ、死者総数は約1万8000人に達するとされる。

こうした被害を少しでも抑えるため、政府は様々な対策を呼びかけている。

感震ブレーカーで火災死者7割減

感震ブレーカーは、一定以上の揺れを感知すると自動的に電気を遮断し、倒れた家電や損傷した配線からの出火を防ぐ装置だ。

内閣府「南海トラフ巨大地震編 対策編」より
内閣府「南海トラフ巨大地震編 対策編」より
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政府が公表した報告書「首都直下地震の被害想定と対策について」では、「感震ブレーカー」が火災による犠牲を大幅に減らす対策として指摘する。

内閣府防災YouTube「【首都直下地震編】全体版」より
内閣府防災YouTube「【首都直下地震編】全体版」より

想定のうち最悪のケース「冬・午後6時・風速8メートル」の条件では、火災によって、約26万8千棟が焼失し、約1万2千人が死亡すると推計されている。出火原因の多くが電気設備を起点とするものだと分析されている。

内閣府の感震ブレーカー普及啓発用ちらしより(2019年4月更新版)
内閣府の感震ブレーカー普及啓発用ちらしより(2019年4月更新版)

ところが、感震ブレーカーの設置率を50%に高めた場合、焼失棟数は約19万3千棟、死者は約8700人に減少。

設置率100%では焼失棟数が約7万4千棟、死者は約3400人にまで抑えられるとの試算が示された。火災による犠牲を約7割減にできる計算だ。

普及率わずか2割…制度追いつかず

こうした効果が明確でありながら、首都近郊(東京、神奈川、千葉、埼玉、茨城、群馬、静岡)での設置率は約20%にとどまる。

消防庁や経産省、国交省がそれぞれ「ガイドライン」や「推奨策」を示してきたが、法的義務や市場インセンティブの仕組みが不十分で、普及が頭打ちとなっているのではないか。

現行法では消防法・建築基準法・電気事業法のいずれにも全国一律の設置義務はない。国と自治体が補助金や普及啓発で支援する段階にとどまり、標準設備としての位置づけが定まっていないことが課題だ。

これまで総務省消防庁は、防災基本計画や首都直下地震対策の議論を受けて、「感震ブレーカーの普及推進に関する計画」の策定を自治体に求め、地震火災対策の重点施策として位置づけた。

阪神・淡路大震災(1995年)神戸市提供
阪神・淡路大震災(1995年)神戸市提供

経済産業省や内閣府も、性能評価ガイドラインや普及啓発資料を出し、都市計画法上の防火地域・準防火地域などに対して設置を勧告し、それ以外の住宅にも設置を推奨している。

国土交通省の住宅・建築分野では、木造住宅の安全確保マニュアルなどで家具固定や感震ブレーカーを「重要な取組」として紹介するにとどまり、建築基準法レベルでの義務化までは踏み込んでいない。

こうした縦割りの中で、「普及しない責任は消防庁にある」「国交省の怠慢だ」といった単純な責任論も取材から聞かれたが、実情をとらえ切れていないと言える。

阪神・淡路大震災(1995年)神戸市提供
阪神・淡路大震災(1995年)神戸市提供

むしろ、火災予防(消防庁)、電気設備・安全規格(経産省)、住宅・建築規制(国交省)が、それぞれ「推奨」「ガイドライン」「マニュアル」にとどまり、法令上の位置づけや市場インセンティブの設計を十分に連携させてこなかったことが、制度的なボトルネックになってきたとみる方が妥当だろう。

段階的な「標準設備化」を

内閣府の「国土強靭化計画」では、今後5年間で感震ブレーカーの整備計画を木造住宅密集地域15市区町に策定させ、100%の達成を目指す方針が盛り込まれた。

総務省消防庁も、地方自治体が住民設置を補助した場合に国が経費の一部を負担する制度を検討し、来年度予算に3000万円を要求している。

感震ブレーカーの減災効果はすでに科学的に裏付けられており、制度的な整備こそが普及拡大の鍵となる。記者として提言したいのは次の3点だ。

・長期的に設置率100%を政策目標として基本計画に明記する。
・木造密集地・防火地域・新築住宅からの段階的導入により、「事実上の標準装備化」の流れをつくる。
・消防庁・経産省・国交省の3省庁連携体制を構築し、性能基準と補助制度を統一する。​

改定する政府基本計画は、東日本大震災以降初の全面見直しとなる。

死者が発生した内陸直下の地震(震源)内閣府提供
死者が発生した内陸直下の地震(震源)内閣府提供

被害想定が示した数字は、政策の優先順位を明確に指し示すものだ。「技術はあるのに普及していない」——その現実をどう打開するかが、火災による犠牲を最小化するための最大の課題だ。

6割減災の条件

首都直下地震対策検討ワーキンググループの報告書が示した最もポジティブなメッセージは、「対策を組み合わせれば、経済被害を6割以上減らし得る」という試算だ。

その条件は、住宅の耐震化、家具固定などの家庭内対策、感震ブレーカーなどの火災対策、そして企業・行政のBCP(災害時の事業継続計画)を同時に引き上げることにある。​

住宅の耐震化率を全国で90%から95%、東京都で92%から96%に高めると、揺れによる全壊棟数は約11万2000棟から約6万3500棟に減少する。

これを100%相当(木造は2000年基準相当)まで引き上げれば、全壊棟数は約1万5000棟程度にまで圧縮され、倒壊による死者数も大幅に減る。​

家具の転倒・落下防止対策を現状36%から100%に近づけると、屋内の転倒・落下による死者は「冬・深夜」のシナリオで約1200人から約200人に、重傷者は約8300人から約2800人にまで減少する。

感震ブレーカーの設置率を20%から100%に上げれば、冬・夕方・強風条件での焼失棟数は26万8000棟から7万4000棟、火災による死者数は1万2000人から3400人まで抑えられると試算される。​

耐震化率100%、感震ブレーカー設置率100%に加え、企業や行政機関のBCP策定率を100%に引き上げた場合では、資産等の被害45.1兆円と生産・サービス低下37.5兆円の合計82.6兆円が、34.2兆円まで縮小する。

減災効果は60.5%と算出され、「止まらない業務」が経済被害を大きく抑える決め手になることを示した。​

内閣府防災YouTube「【首都直下地震編】全体版」より
内閣府防災YouTube「【首都直下地震編】全体版」より

報告書は、「揺れに耐える建物」「倒れてこない家具」「燃え広がらない電気火災」「動き続ける組織」という多層防御を社会全体で実現することを提案する。

そして、これらの対策の多くは、個人や企業が今日からでも始められる具体的な行動であり、被害想定を「恐怖の数字」ではなく、「備えを変える指標」として活用してほしいと呼びかけている。

百武弘一朗
百武弘一朗

災害対策チーム 1986年11月生まれ。國學院大學久我山高校、立命館大学卒。社会部(司法、警視庁、宮内庁、麻取部、遊軍)、夕方ニュース(ディレクター)、FNNバンコク支局、FNNプロデュース部を経て現職。