【食品】札幌市中央卸売市場の場外市場で北海道の山海の幸を販売し、国内外に札幌のファンを広げてきた丸市岡田商店(札幌)。菓子製造にも事業を拡げた岡田隆志社長に、北海道にプライドを持ち、商品開発する経営について聞きました。BOSS TALK#111
――おうちが場外市場の会社。お子さんのころは家業を継ぐ思いはありましたか。
「小さいころから商売の環境で生まれ育って、父や祖父、従業員の姿をずっと見てきたので、いつか会社に戻るのかなと意識していたかもしれません。お客さんと出会うと、よく『岡田さんのお子さんだね』と言われました」
――進学先は?
「高校を卒業して関東の大学に進み、より違う環境で経営を学ぼうと、3年時に関西の大学に編入しました。環境が与える影響は大きいと思うので、北海道から東京、東京から関西への道を選びました」
――就職はどうされましたか。
「育った環境もあり、食品メーカーに就職し、10年間ほど関西、北陸、中部などで営業活動をさせていただきました」
両親から「戻らずに頑張れ」と言われたが、家業に魅力を感じ、Uターン
――10年を区切りに実家に帰ってこられたタイミングやきっかけは?
「両親から『戻って来るな』という話がありました」
――珍しいパターンですね。
「戻って来ないで、大学も含め、ずっと築き上げてきたので、そこで頑張れという話がありました。ただ、小さいころから家業を目にし、短いながら10年間の営業経験があり、自分自身でやってみたくて戻った形です」
――家業に入られたとき、仕事はどう見えました?
「驚くことばかりでした。ゼロからのスタートで、あ然としながらも、一つずつ自分でやっていかなければいう意識に強く変わりました。ただ、地元で仕事をしてきた歴史があり、人のネットワークの強さの部分はあったと思います」
――大企業での10年間の経験をもとに何を始めましたか。
「通信販売などの販路拡大からスタートしました。以前からの小売業と卸売業に、製造業を追加していきたいと考えました。(前職では)工場にも入る営業で、原料を探し、ものを作るのはもともと好きでした。いろいろなスイーツを試行錯誤して作り、今はお菓子のカヌレを製造させていただいています。本当に独りでカスタードを炊き、生地を練るところから始めました」
――独学ですか。
「完全独学です。何度も繰り返して何とかできるようになりました」
コロナ禍の逆風の中、菓子製造 新規事業の大変さをエネルギーにやり遂げる
――従業員の方は「急にお菓子って言い出したぞ」という空気があったのでは。
「新型コロナウイル感染症がまん延し、お客さんが来なくなってしまった。みんな何かを作って発信していかないという気持ちがありました。大変でしたが、逆にエネルギーになってやり、遂げることができたと思います」
――社長就任のタイミングやきっかけは?
「カヌレの事業を正式にブランド『メルカードスイーツまる』でスタートしたとき、父と相談し、そのタイミングで代表になろうと決めました。父からは『自分で決めたことは、最後まで自分でやりなさい』と言われており、カヌレのときも『必死にやりなさい』って」
――社長に就任して何が変わりましたか?
「やはり責任感ですね。だれが何と言おうと、芯はブレてはいけないと強く感じました」
――そのボスとして、こう大切にしているは?
「日々、必死にやりますが、人間なので、必死に頑張りすぎれば疲れてしまいます。笑いながらも一生懸命に仕事をするのがモットーです」
――家業のお土産を売る商売はこれから先、広がっていきますか。
「環境が変わっていくので、お土産屋さんも変えていかないといけないと強く思っていて、次のフェーズに向け、調整中です。カヌレは北海道産原料100%で製造させていただいています。北海道の上質な原料で商品に展開していければと考えています」
「北海道にプライドを持ち、発信したい」 酒類の輸出にも事業拡大
――いろいろと頭にあるわけですね。今、力を入れていることは?
「オーストラリア向けに、お酒の輸出を始めました。5年先、10年先を考えると、北海道の商品を海外でも売っていかないといけないと思います」
――北海道を楽しみに来てくれた方をもてなす仕事を代々されていました。北海道は大事な場所なのでしょうね。
「北海道にプライドを持ちたいと考えます。小売業と卸売業に製造業が加わり、いろいろな北海道の商品を作ることができる環境になり、どんどん発信したいと考えています」
――バリエーションを増やしていくお考えですね。
「今年はお菓子に限らず、最低でも100アイテムを作りたいですね」
――北海道のありとあらゆるものを知った上で、作るわけですね。
「できる限り、現地を訪問し、工場に入り、しっかり話を聞かせていただいて情報を収集しています。それができるのも70年間ほどの卸売業があってこそだと思います」
――社長になって新しいことをやる土台には今までの積み重ねてきた歴史があると本当に感じました。