岩手県大船渡市にある銀行だった建物を活用し、東日本大震災で被災したピアノを展示する施設が、8月にプレオープンを迎えました。
カフェとしての機能も併せ持つこの施設をオープンさせた女性の思いを取材しました。

七夕まつりの季節を迎えた大船渡市の商店街。趣ある鉄筋コンクリート造りの建物が佇んでいます。
かつて気仙銀行盛支店だった建造物。「STAY BANK SANRIKU」という名前が掲げられています。

8月4日、そのプレオープンの準備に追われる女性の姿がありました。「STAY BANK SANRIKU」を運営する新藤典子さん(58)です。
カフェ開設などに向けて震災後、調理師免許を取得しました。

新藤典子さん
「フルーツがいっぱい入ったサングリアとここで焙煎しているアイスコーヒー、ホットはドリップコーヒーがお出しできます」

カフェスペースの隣に展示されているのは、震災の津波にのまれた被災ピアノです。
その多くが泥にまみれていたり、さびが見られたり、津波の痕跡を留めています。

展示されている6台は、小中学校の解体で行き場を失った際、新藤さんが私費を投じて引き取ったものでした。

新藤典子さん
「自分の家賃や自分の引っ越し費用よりもとても費用のかかるものだけど、これは将来的に必ず震災を伝えるための重要な資料になると信念を持ってやってきた」

被災ピアノなどを展示するため、新藤さんは2025年で築100年となるこの建物を2022年に取得。
クラウドファンディングで300万円を集めたほか、料理人として働いて資金を稼ぎながら改修を進めてきました。

新藤典子さん
「前職が私は歴史的建造物を活用するプランナーだったので、たまたま出会ったのがこの建物で、ウェブサイトで写真を見た瞬間に決めていた」

以前、東京で建築関係の仕事をしていた新藤さんは、震災後、県内に移住。国道の復旧を記録する活動をしながら、被災した公共物を集めてきました。

そこで出会ったのが、各地の小中学校の被災ピアノ。
それぞれに行政による処分が検討されていたなかで、新藤さんは引き取りを申し出ました。

新藤典子さん
「行政側に頼るのではもう残せないと痛感して、自分が死んだとしても、その後に場所が残って中のものが保存されれば 次の方に引き継げる。そういう覚悟を持ってこの場所を本日開きました」

被災ピアノは本来の機能を失っています。
こちらは宮城県石巻市立大川中学校のピアノ。

新藤典子さん
「黄色いヘドロにまかれたまま保存することにした。指先で触れると音と一緒にザラザラ感が伝わります」

誰でも被災ピアノに触れられるこの施設では、震災を感じ取ってもらおうと6台のうち5台はそのままの状態で保存されています。

一方、1台だけは宮城県のピアノ販売店に修復を依頼していました。釜石市立唐丹小学校のピアノです。震災の翌年、住民の協力を得て運び出していました。

新藤典子さん
「全ての鍵盤が塩で固まっていて、何一つ押せないし弾けない。何も音が出ない状態だったので、この一つだけを直すことにする唯一のピアノと決めた経緯がある」

このプロジェクトの支援者などが集まったプレオープンのセレモニーでは、震災後全く音が出なくなっていた唐丹小学校のピアノで演奏会が開かれました。

盛岡市在住のピアニストが、チェロを趣味とする復興に携わってきた建築家とともに、バッハ作曲の「G線上のアリア」を奏でます。

さらに陸前高田市のピアニストも演奏を披露、優しくも力強い音色を響かせました。

演奏会の後には訪れた人がそれぞれピアノに触れたり音を出したりしながら、14年前の震災に思いを馳せていました。

東京の大学生
「(震災後の)長い歴史がこうやって形になったというのが、音とともにすごくしみた」

東京の大学院生
「自分の目で見て触れるのは、なかなかないことだと思うし、震災を思い出すいい機会になった」

大船渡出身で東京在住
「感動した。大船渡、気仙のために頑張ってくれているのは本当にうれしい」

ピアニスト 藤本純子さん
「音が戻って色々な人に触れてもらって、本当によかったねという気持ちでいっぱいになった」

建物の取得から3年。新藤さんも特別な思いを感じていました。

新藤典子さん
「なんかよかった。いい時間過ごさせてもらって、ありがとうございました」

この日は新藤さんが作った料理も振る舞われました。カフェを併設したのにはこんな思いがありました。

新藤典子さん
「収益部分を併せ持っていないと存続ができないと思う。この場所を活用することによって資金を作り上げて、その資金でこの場所を維持して運営して残す」

今後も改修工事が続くため、カフェはひとまず9月までの営業となり、その後は、民泊の施設を整備するなどして、本格オープンを目指していきます。

新藤典子さん
「被災ピアノがどうやって今後活用されて、どうやって伝承できるツールになっていくか。価値を育てる役目が今の自分の役目と思っているので。どういう威力の津波が来たのか考える材料がここに山ほど含まれている。それを感じ取っていただけるようにサポートができればいいと思う」

震災から14年余り。被災した現物を通してあの日を伝えたい。
新藤さんの思いが凝縮された施設が、大船渡でその一歩を踏み出しました。

岩手めんこいテレビ
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