長野県内の道路沿いに自販機が並ぶ「ハッピードリンクショップ」。松本市出身の写真家が、1000カ所以上あるこの場所に着目し、写真集を完成させました。「新たな視点で信州の風景の魅力を感じてほしい」と話します。
(記者リポート)
「安曇野市内の道路を走っています。ありました、ハッピードリンクショップ」
「あっ、また発見しました」
県内の道路沿いでよく目にする「ハッピードリンクショップ」。飲料の自動販売機がずらりと並び、価格が安く、種類も豊富です。
利用した人:
「サーっと来てサーッと買える手軽さですかね」
「便利ですよ。週に3、4回は寄ります」
長野県民にもおなじみのこのハッピードリンクショップが、写真集に。ページをめくってもめくっても「ハッピードリンクショップ」ばかり。
実は、「ショップ」というだけあって、ここ1カ所が1つの店舗。写真集には、実に1044もの店舗が記録されています。
撮影したのは、松本市出身の写真家・吉村和敏さん(57)。
写真家・吉村和敏さん:
「ちょうど光の感じも最高です。順光じゃなくて逆光じゃないですか、だから自動販売機が引き立って見えるんですね」
吉村さんは2020年夏から3年半かけて、当時あった全ての店舗を撮影しました。
写真家・吉村和敏さん:
「ずっとこの場所に自動販売機はいて、けなげに販売活動を行ってるじゃないですか、なんか心があるような感じがするんですよね。一つの風景であり、一つの日本の文化でもあるんですよ」
松本市出身の吉村さん。田川高校で写真部を立ち上げ、撮影にのめり込みました。卒業後、印刷会社に就職しましたが、カメラマンになる夢が諦められずカナダへ。
自然を撮影する腕を磨き、プリンスエドワード島を題材にした写真集でデビュー。詩人・谷川俊太郎さんとの共著がベストセラーとなる一方、ヨーロッパ各国の「美しい村」を長い期間をかけて回り、丹念に撮影するスタイルを確立していきます。
そんな吉村さんにとって日本の「自動販売機」はいつか取り組みたいテーマでした。
吉村和敏さん:
「僕の中では、自動販売機がある風景というのが、日本の田舎を代表する一つの景観。信州の美しい自然の中にポツンと置かれた小さな美術館のような感じがしたんです」
吉村さんにとって自販機は、景観の「邪魔」ではなく、地域の生活を映し出す、風景の一部。
特に注目したのが故郷・信州のハッピードリンクショップでした。
店舗は、もともと卸売業を営んでいた山梨県の「フローレン」が2003年から展開しています。
フローレン・菅野照彦常務(2018年):
「(商店は)売り上げの低迷や高齢化など経営が難しい状態。何かその中で会社として新しい方向性をつくるべきだということで、始めたのがきっかけ」
商店主が高齢化し、コンビニも増える中、自販機を並べ豊富な品ぞろえで安く販売する独自の戦略で急成長。現在、長野・山梨を中心に約1200カ所に広がっています。
吉村さんは、コロナ禍で海外撮影ができなくなったのを機に「写真集を作りたい」と菅野常務に掛け合い、店舗リストを入手しました。
その時、菅野常務の胸の内は―。
フローレン・菅野照彦常務:
「世の中には物好きな人がいるんだな、と驚きました。売れるのかな?と心配にもなりました」
そして2020年夏、撮影を開始します。
吉村和敏さん:
「真正面からいつも撮るんですよ。ぎりぎりまでフレームに入れます。ここはかなり絵になるので、アングルを変えてみます」
気に入った店舗はさまざまなアングルを試します。
吉村和敏さん:
「(背後の蔵が)色合いもシックでその建物の前にカラフルな自動販売機がある。そのミスマッチが最高なんですよ」
ここ「安曇野三郷温店」は写真集でも1ページ全面で掲載。手前の軽自動車は、撮影のために購入した旅の相棒です。
撮影は、実家のある松本をスタートし、あらかじめ位置を入力した地図アプリを基に、車でめぐりました。
吉村和敏さん:
「地図上で分からない店舗ってあるんじゃないですか。その時は道という道を走り回ります。(一日)15店舗くらいを目標にしてるんですけど、きょうは8店舗しか撮れなかった、そういう時もあります」
苦節3年半でさまざまな風景に出会い、さらに編集に1年以上かけ、ついに7月、写真集が完成しました。
夏真っ盛りの、佐久市「協和店」。
吉村和敏さん:
「周りは田園風景。ポツンと自販機が置かれてるんですよ。雨上がりで、すごく絵になるんですよね」
最北端に位置する、中野市「永江店」は、真冬に撮影。
裏表紙に採用したお気に入りです。
吉村和敏さん:
「お地蔵さんが雪に埋もれている光景、あれとダブるんですよね。心があるような感じがしてくるんです」
川上村「川上駅前店」。
吉村和敏さん:
「二宮金次郎の石像がぽつんと置かれていたんです。まさに日本を代表する風景だなと」
珍しく、道路沿いではない店舗。かつて駅の利用者を迎えたであろう、店の前。今はその役割を自動販売機が担っています。
吉村和敏さん:
「時代の移り変わりを見ることができるんですよね。それも魅力の一つです」
撮影は長くても30分。訪れるのは一度きりの「一期一会」です。
桜の満開と重なった山梨「市川三郷4号店」。
晴天の富士山をとらえた山梨「富士吉田上暮地店」。
完成した写真集を見たフローレンの菅野常務は―。
フローレン・菅野常務:
「単なる自販機の集合体にすぎないと思っていましたが、周りの風景と一体化しているようにも見え、1枚1枚、作品であるかのように感じました。感謝の気持ちでいっぱいです」
撮影中、頻繁に訪れる利用客もカメラに収めました。
吉村和敏さん:
「そこで暮らしている人の気配を感じ取ることができる」
吉村和敏さん:
「どれにしようかな~」
吉村さんも毎回、自販機を利用。
吉村和敏さん:
「こうして暑い日に冷たいドリンクが出てくるってすごいことだと思います。冬になると温かくなるし、日本ってすごい国ですよね」
自動販売機が盗まれたり壊れたりすることなく、管理が行き届いていることも日本ならではと感じる吉村さん。
写真家・吉村和敏さん:
「まだまだ魅力的な風景がたくさん眠っているし、視点を変えることによって、新しい世界が広がっていくんですよね。そうすると違った形で、信州の素晴らしさが見えてくると思うんです」
ハッピードリンクショップのある風景を通して、「信州の何気ない日常の景色の魅力を再発見してほしい」と願っています。
吉村和敏さん:
「でも売れないと思いますよ、売れないですよ、これは(笑い)。でも作るんです。いいんです、僕は楽しんでますから、自分なりに(笑)」