バスケットボール仙台89ERSです。海外移籍を決めた片岡大晴選手。海外移籍の裏にあった思い、そして仙台への思いを仙台放送の独占インタビューで明かしてくれました。

プロバスケットボールプレーヤー仙台市出身・片岡大晴選手。戦う姿勢を前面に押し出すアグレッシブさが魅力で、ファンからは「ソルジャー」の愛称で親しまれてきました。

地元出身選手として89ERSで通算8シーズンに渡ってプレーしてきた片岡選手。30代最後となるこの夏、大きな決断をしました。

仙台89ERS 片岡大晴アンバサダー
「モンゴルのほうに行ってプレーしたいなと思っています」

海外リーグへの初挑戦。しかも、これまで日本人が誰も挑戦したことがないモンゴルリーグでプレーする意向を表明したのです。

仙台89ERS 片岡大晴アンバサダー
「大学の同級生でモンゴル人のチームメイトがいて、彼がモンゴルのバスケットボール協会の副会長をやっていて、モンゴルでもアジア枠を作って他の日本の選手だったりとか、アジアの選手を入れていけるよねという話になっていって、じゃあ最初の一歩をということで話をいただいたのが始まりです」

現在、39歳。ベテランと呼ばれる年齢での海外挑戦へ不安もあった中、仙台を離れる決断をした理由は…。

仙台89ERS 片岡大晴アンバサダー
「やっぱり変化って必要だと思うので、僕は今に執着するべきではないというのもあったので。こっちのチャレンジがあるなら、こっちに行こうと思えました」

今回の海外挑戦は「チャレンジ」。近年、若手の台頭もあり出場時間は減少。それでも、消して腐らず泥臭く、パワフルに戦ってきました。その中で、この海外移籍はまだまだ自分はやれることを示すための決断でした。

そしてこの海外挑戦にはもう一つ大きな理由があります。

仙台89ERS 片岡大晴アンバサダー
「仙台がどうでもよくなったから、次の道へ行こうかなでは絶対になくて。やっぱり今の年齢になって、何を残せるのだろうというのが1番大きくて。本当にたくさんの宮城・仙台の子供たちが目にしてくれていると信じていますし、バスケットやっている子だったら、もしかしたら、その道を進む子が将来出てくるかもしれないしとか」

Q.日本とモンゴルの懸け橋になるのでは?

仙台89ERS 片岡大晴アンバサダー
「それがすごく大きかったです。1番と言っていいくらい。大げさな言い方ですけど、国と国をつなぐ仕事ができる。将来へ向けて」

今バスケットボールをしている子供たち、そして若い選手の道しるべに。未来を担う選手たちへ道を切り開くチャレンジでもありました。

片岡選手は海外移籍が決まっても89ERSの広報活動や地域貢献活動を行うアンバサダーに就任。

仙台89ERS 片岡大晴アンバサダー
「仙台89ERSというクラブの魅力だったり信頼性だったり、好きになってほしいので、その象徴というか、それを背負って皆さんの前に立つ覚悟ではいるので、そういうのを僕とかかわることで『89ERSっていいな』って思ってもらえるようになれたらなと思っています」

選手としてではなくても89ERSに関わり続けるのは、自分を成長させてくれた地元仙台への愛があるからでした。

仙台89ERS 片岡大晴アンバサダー
「ずっとこの自分が生まれ育った街が好きで、そこにあるクラブのユニホームをきてコートに立つことに僕自身すごく誇りがあって、うれしさがあって、その8年間って僕にとってはすごく大切なもので。その皆さんの愛がなかったら、ここまで続けてこられなかったですし」

大好きな仙台を離れても思いはいつでも仙台とともに、「ソルジャー」片岡選手の新たな挑戦が始まります。

仙台89ERS 片岡大晴アンバサダー
「これからどうなっていくんだろうとか、ソルジャーこうなっているんだなとか、その感情を抱いていただいて、一緒に進んでいけるというチャンスがまだあるというのが、僕の心の支えというか、これからもこれまで同様に一緒にいろんなものを共有して進んでいけたらいいなと思っています」

仙台放送
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