「史上最悪」米メディア厳しい評価

約1時間半の討論会の後、その酷さにうんざりして、原稿を書き始める気になかなかならなかった。1984年のレーガン・モンデール両候補の討論会以来、筆者はアメリカ大統領候補討論会を全て視聴したと記憶するが、その中で、今回は現地メディアが史上最悪と酷評するのも当然と思うほどレベルが低かった。

この記事の画像(6枚)

アメリカのCBSニュースが実施した事後の即席調査でも回答者の69%が討論会にはAnnoyed=いらついた・うんざりしたと応えている。

原因は基本的にトランプ大統領にある。民主党のバイデン候補の発言ばかりか司会者の発言・制止までも何度も無視して、攻撃的な不規則発言を徹頭徹尾続けたからである。腕力こそ振るわなかったものの、時に理不尽で好き勝手な口撃をジャイアンが延々と続けているシーンを筆者は思い浮かべてしまった程である。

内容も酷かった。2016年と17年の連邦所得税納付額がたったの750ドルというニューヨークタイムズ報道の真偽を尋ねられてもはぐらかし、新型コロナの毒性を知りながらパニックを引き起こしたくなかったからと国民に警鐘を鳴らさなかったことやその死者が20万人を超えた失策を追及されると、自分がやったように早い時点で国境閉鎖を開始せずにいたら「百万単位の死者が出ていただろう」といつものように開き直った。司会者から「白人優越主義者を非難するか?」と問われても「左派の暴力の方が多い。」と応じず、暴力的と見られている極右グループを名指しして「Stand back and Stand By=下がれ、そして、備えよ」と不穏当極まりない発言もした。

バイデン候補のではなく、民主党のサンダース上院議員ら急進左派の政策や発言を殊更に取り上げてバイデン氏を批判し続けた。アメリカのワシントンポスト紙等はトランプ氏が事実と異なる主張を繰り返したと報じている。

対するバイデン候補もトランプ氏を「嘘つき」「歴史上最低の大統領」とこき下ろすなど醜い非難合戦に打って出た場面もあった。しかし、この程度の反撃さえしなければ弱虫のそしりは免れなかっただろう。

結果的に政策論争らしい政策論争にはほとんどならなかったのだが、それでも、バイデン氏には平静を保とうと努力する姿勢が目立ったと思う。その高齢故、トランプ氏の攻撃に耐えられずに圧倒されてしまうのではないかと懸念する声も事前にはあったのだが、総じて言えば、上手く切り抜けたと言えそうだ。ただし、あくまでも“切り抜けた”というレベルで、パフォーマンスとしては普通だったというのが公平かもしれない。

視聴者の回答 軍配はバイデン氏に

アメリカの視聴者は、CBSの即席調査では48%対41%で、CNNの即席調査では60%対28%で、いずれもバイデン氏に軍配を上げている。

CBSもCNNも民主党寄りのリベラル・メディアと見なされており、視聴者もリベラル寄り、必然的に調査結果もリベラルに傾きがちなので割り引く必要はあるが、調査の中で注目したいのはCNNの設問「この討論会を視聴してあなたはどちらの候補に投票する可能性が高まりましたか?」である。

回答を見るとバイデン候補に投票する可能性が高まったが32%、トランプ候補が11%、どちらでもないが57%であった。

討論会で支持候補を決める有権者は実はそんなに多くないとかねてから言われているのを、この回答結果は裏打ちしているのだが、同時に、それでもバイデン候補が32%、トランプ候補が11%とトリプルスコアになったのはトランプ陣営にとっては痛手である。何故ならば各種世論調査で劣勢を伝えられるトランプ氏としては、討論会で少しでもバイデン支持を減らし、自分の支持を増やす必要があったのだが、この調査結果はそれに失敗していることを如実に示しているからである。

敗因はトランプ大統領自身の自爆

原因はやはりトランプ大統領自身にある。
不規則発言でバイデン候補を圧倒して怒らせ、失言や弱気の虫を引き出したり、急進左派の政策を殊更に取り上げて批判して民主党の分断を図るのが狙いだったのだろうが、むしろ自分自身の無分別を曝け出すことになったからである。

型破りで歯に衣着せぬ発言は、有名人ながら政治家としては未知数だった4年前にはある種の新風を巻き起こし、当時のヒラリー・クリントン候補との差別化に成功したが、現職大統領として臨んだ今回の討論会では効果を発揮しなかったということになる。喜んだのはコア・サポーターだけということになるようだ。

2016年
2016年

バイデン候補がクリーンヒットを放った訳ではない。
トランプ大統領が自爆したのである。

CNNに出演していた共和党のある政治家は、大統領選挙と同時に実施される連邦議会選挙を戦っている共和党候補者の多くは今回の大統領のパフォーマンスには「不満だろう」と断じ、これからトランプ陣営に戦略の変更を要請することになるだろうと予想していた。

11月3日の投票日まで残り5週間。まだ何が起こるか分からない。
しかし、トランプ大統領には起死回生の一打がより必要になっている。

(執筆:フジテレビ解説委員・二関吉郎)

二関吉郎
二関吉郎

生涯“一記者"がモットー
フジテレビ報道局解説委員。1989年ロンドン特派員としてベルリンの壁崩壊・湾岸戦争・ソビエト崩壊・中東和平合意等を取材。1999年ワシントン支局長として911テロ、アフガン戦争・イラク戦争に遭遇し取材にあたった。その後、フジテレビ報道局外信部長・社会部長などを歴任。東日本大震災では、取材部門を指揮した。 ヨーロッパ統括担当局長を経て現職。