2002年に大阪市平野区のマンションの一室で、住人の女性(当時28歳)とその長男(当時1歳)が殺害され、自宅に火をつけられた「平野母子殺害事件」。
2人を殺害した罪などに問われ、1審で無期懲役、2審で死刑の判決が言い渡されながらも、最高裁判所が裁判のやり直しを命じた(差し戻し)裁判で、無罪が確定した、元刑務官の男性(67)が「冤罪によって人生を台無しにされた」として、国と大阪府に、あわせておよそ1億2400万円の賠償を求めていた裁判で、大阪地裁は訴えを退けました。
この事件では、警察が男性の無罪を示す可能性があった重要な証拠である「タバコの吸い殻」を紛失し、検察も早い段階でそれを知りながら、男性や弁護側に明かさないで裁判を続けていました。
判決で大阪地裁は、当時の証拠から「有罪が認められるだけの疑いがあるとした検察官の判断は合理性があり、起訴が違法とは言えない」と指摘。
警察が重要な証拠であるタバコの吸い殻を紛失していたことについては、「紛失当時に警察官や検察官が重要な証拠になるとは予見できなかった」として「違法ではない」と判断しました。
■判決言い渡し 男性の様子は
裁判長は「原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」と短い主文を言い渡し、判決内容には触れないまま裁判は終了。裁判官3人は法廷に背を向けて退廷しました。
大阪地裁の大法廷には支援者らが詰め掛ける中、弁護士のすぐ隣で判決を聞いていた男性は、落ち着いた様子で、ノートにメモを続けていました。
男性は言い渡しが終了して立ち上がった後、傍聴席にいる支援者たちの方を向いて、少し頷く様子が見られました。
■国と大阪府 責任問う裁判の判決前に取材に応じた男性は
この判決を前に、元刑務官の男性が関西テレビの取材に応じていました。
【元刑務官の男性】「吸い殻の紛失を知ったときは、こんな形で幕引きをしようとしたのだと怒り心頭になりました。同時に、世間の人は捜査機関がこんな無茶苦茶なことをしていると知らないだろうと思いました。冤罪をなくすには、警察や検察の自浄効果に期待しても無理で、社会の認識を高めないといけない。この裁判を通して、それを伝えたい」
【元刑務官の男性】「死刑判決を言い渡されたときには、殺されると思った。証拠の紛失を隠して裁判を続けるなんて、正義の実現者のすることはでない。許せない。でも、私が尊敬したい警察・検察なら、ちゃんとしろという気持ちもある。司法をもういっぺん信じたい。前向きに生きていきたいという今があるんです」
■「平野母子殺害事件」事件の経緯は
元刑務官の男性は2002年、大阪市平野区のマンションで義理の娘(当時28歳)と孫(当時1歳)を殺害し、放火した罪に問われました。
男性は、犯行を否認していましたが、マンションの共用灰皿にあったタバコの吸い殻の1本から男性のものと一致するDNA型が検出されたことが決め手となり、1審は無期懲役、2審は、死刑判決が言い渡されました。
ところが男性側の上告を受けた最高裁判所は2010年、裁判を大阪地裁に差し戻す=1審から裁判のやり直しを命じました。
最高裁は、有罪の決め手となった男性のものと一致するDNA型が検出された吸い殻が、茶色っぽく変色していたことに着目。
男性が義理の娘に渡した携帯灰皿の中の吸い殻が、義理の娘によって事件より前に共用灰皿に捨てられた可能性があるとして、残りの吸い殻も含めて調べ直す必要があると判断したのです。
そしてやり直しの裁判で、男性が起訴された直後、大阪府警が吸い殻などの重要証拠を紛失していたことが発覚。検察はそれを知った上で裁判を続けていたこともわかっていました。
男性はやり直しの裁判で無罪が確定し、国と大阪府の責任を問う今回の裁判を起こしていました。