「介護の会社(の従業員)が、親の介護が始まって辞める。こういうふうにはしたくない」
全国で介護事業を展開するツクイの執行役員、原優実さん(53)は、上司からかけられたこの言葉に救われました。
家族の介護を理由に仕事を辞める「介護離職」。日本では年間約10万人もの人がこの選択を迫られています。
■「辞める」…介護離職を決断したとき
午後5時過ぎ。仕事を終えた原さんはすぐに両親の住む実家へと向かいます。認知症の父親(95)は要介護認定を受け、母親(82)も足腰が弱く日常生活に支援が必要と認定されています。一人娘の原さんが、毎日の家事や入浴の介助を担っているのです。
この生活が始まったのは5年前。母親が体調を崩して入院したことがきっかけでした。当時、人事部長だった原さんは在宅勤務を増やすなど工夫しましたが、両親のことが頭から離れなくなりました。
【ツクイ 執行役員 原優実さん(53)】「私は兄弟いなくて、親戚もちょっと遠くにいるので、あまり誰にも相談をしていなかったんですよね。全部自分で抱えて、自分で判断して。休んだりだとか、仕事の判断で迷惑をかけてしまう、一旦とにかく辞めよう、退職しようと決断しちゃったというところはあります」
政府は「介護離職ゼロ」を掲げ、企業に介護休業制度の周知などを義務付けていますが、離職者が減る兆しは見えていません。
■思いもよらぬ上司の言葉
退職届を出しに行った原さんに、上司はこう言いました。
「介護の会社(の従業員)が、親の介護が始まって辞める。こういうふうにはしたくない。介護の会社だからこそ、この課題を一緒に解決できないか」
同僚たちのサポートもあり、介護離職を思いとどまった原さん。しかし、「父親が認知症でパニックになった」と母親から頻繁に連絡があり、仕事に集中できない日々が続いていました。
そんな中、原さんの勤める会社で事業化されたのが、介護者からのSOSに電話やチャットで対応するサービスです。親から連絡があっても、介護職の経験があるスタッフが代わりに対応し、必要があれば訪問スタッフを派遣します。原さんも一人の介護者として、このサービスを利用しています。
【ツクイ 執行役員 原優実さん(53)】「(母親が電話で)『怖い怖い。どうにかして』みたいな。えって思って。でも私、外部との大事な打ち合わせをしてたんですね。『代わりにちょっと連絡して』って、(相談サービスのスタッフに)言ったら、『分かりました。優実さんはもう気にしないで、仕事に集中してください』とLINEが返ってきた。それだけで気持ちが収まるんです」
今、なんとか仕事と介護を両立できているのは「介護の会社だからこその圧倒的な理解があることが大きい」と原さんは話します。
【ツクイ 執行役員 原優実さん(53)】「私もそうだったように、わが事にならない。実際に親が介護という状態になって、自分事に捉えることができるという特徴もある。ケアラーと共に企業が行ける道というのは、まだまだ長期戦なんだろうなと思います」
■企業の理解は広がっているか
事と介護の両立支援に企業は取り組めているのでしょうか。
東京商工リサーチのアンケートによると、自分たちの取り組みが「十分だと思う」と回答した企業は、わずか約2割。社会の理解を得る難しさが浮き彫りとなっています。
取材を進める中、「仕事と介護の両立の難しさを知ってほしい」と訴えるメールが届きました。
「私は父の介護の時に離職しました。在宅勤務も出来ない職種の人は、介護=離職です」
■3度の介護離職を経験した「えみさん」の日常
メールを送ってくれたのは、神戸市に住む59歳の「えみ」さん(仮名)です。認知症の母親(86)と2人で暮らしています。要介護認定を受けている母親は、頻繁に排泄の失敗があり、なかなか目を離すことができません。
【えみさん(仮名59)】「これトイレットペーパー。たぶんおしり拭いて手についていたのか、歩いてくる時に、ここにへばりついてそのまま。うんちが付いていることもあるんです」
金銭的な余裕がなく、施設への入所はあきらめたえみさん。これまで、「介護離職」を3度経験しています。
15年ほど前、父親のパーキンソン病をきっかけに仕事を辞めたのが1度目。その後、保育士の資格をいかして、児童養護施設などで働きましたが、父親の病状が悪化し、仕事と介護の両立が困難に。ここ5年ほどで2度、退職を余儀なくされました。
【えみさん(仮名59)】「父はだいたい12時、3時、6時とか5時に必ずトイレに行くんですよ。それが(1人でトイレに)行けなくなると、私を呼んで『トイレまで連れてって』となる。『(児童養護施設の)夜勤ちょっと無理かもしれない』と相談したら、『正規の職員みんな同じようにお給料出してます。あなただけ夜勤してないのに、同じように正規職員の給料は払えません』(と言われた)」
父親は24時間介護の末、4年前に亡くなりましたが、今度は母親が認知症に。今は、保育園で事務の仕事を週30時間だけしています。
デイサービスなどのサポートが欠かせませんが、費用は月3万円程度。フルタイムで働けないえみさんにはこたえます。
「仕事と介護って両立できると思いますか?」という問いに、えみさんはきっぱりと答えました。
【えみさん(仮名59)】「できないです。『できる人』もいるっていうことですよね。1人で看る人にとっては、介護と仕事の両立はまず無理ですね。老人は、午前9~10時の間にお迎えが来て、早いところは午後3時に出てくる。(送迎の車が)遅くても午後4時にスタートして午後5時までには帰ってくる。そうなると午前10時から午後4時で働かないと働けない」
■苛立ちと後悔の日々
本当はもっと働きたいのに働けず、経済的な負担も大きくなる。いらだちを、つい母親にぶつけてしまうこともあります。
【えみさん(仮名59)】「いつもわーって言って自分で反省しちゃうんですけど、だけどやっぱり言った後に。昔はわーっと言ったら倍になって返ってきてた人が、今はシュンとして、とぼとぼと歩く姿を見ると、こっちがウルルと。悪いことしたなって。面と向かって謝ることはできないけど、寝てる時に『ごめんね』っていう時はあります。声を荒げないと我慢しきれない」
誰しもが直面するかもしれない現実。個人の問題ではなく、社会全体でどう支えられるかが今、問われています。
(関西テレビ「newsランナー」2025年6月19日放送)