教員の働き方改革や少子化などを背景に中学校の部活動を地域のクラブに移す取り組みです。全国での受賞経験もある長野市柳町中学校の室内楽部では、地域のプロ集団が受け皿となり、地域移行を進めています。
♪「リュートの為の古風な舞曲とアリア 第3組曲/O.レスピーギ」
会場に響く心地よい音色。5月17日、長野市芸術館で行われたオーケストラの公演です。
タクトを振るうのは東京交響楽団の音楽監督なども務めた巨匠、ユベール・スダーンさん。演奏しているのは県内の子供たちです。
この公演は、長野県に縁があるプロ演奏家集団「アンサンブル・ノーヴァ」が、信州の子供たちに演奏の機会を提供しようと2020年に始動した「ensembleNOVAキッズプロジェクト」の取り組みのひとつ。
それとともに、中学生メンバーの「地域クラブ」の活動でもあるのです。
子供たちが普段練習しているのは、長野市の柳町中学校。柳町中には、県内の公立中学校で唯一「室内楽部」があります。
講師・中村勝さん:
「手、離してごらん、できたできた」
主に初心者クラスの指導を行っているのが、講師の中村勝さん(81)です。
音楽の教師だった中村さんは、20代のころ柳町中に赴任し、室内楽部の立ち上げに関わりました。室内楽部は、全国のコンクールでこれまでに3度、文部科学大臣賞を受賞するなど、「名門」として知られ、プロ奏者も輩出してきました。
しかし、中村さんが指導員として戻った2018年当時は、指導者不足や少子化による部員数の減少などの課題がありました。
講師・中村勝さん:
「(当時)部員の数は十数人。それよりも大変だったのが専門的に教えてくれる指導者がいなかったんです」
部の存続も危ぶまれる中、持ち上がったのが「部活動の地域移行」。特に文化系の部活動では、指導者不足が地域移行の課題といわれてきました。
2021年、危機感を覚えた当時の校長らが、すでに県内の子供たちを集めて指導していた「アンサンブル・ノーヴァ」に、「地域移行の受け皿になってほしい」と打診。
もともと柳町中室内楽部の卒業生たちで結成された歴史を持つアンサンブル・ノーヴァもこれを受け入れ、翌年、長野市初の文化部の地域移行団体として「NOVAキッズオーケストラ」が発足しました。
アンサンブル・ノーヴァ 小島遼子さん(部活動指導員):
「繰り返ししたら、ピチカートからアルトに変えてください」
アンサンブル・ノーヴァと連携することで、指導者不足という課題をクリアすることができました。
講師・中村勝さん:
「今まで私たちがやってきた活動の積み上がりがそれを可能にしたというか、講師でいらっしゃる先生の中にも昔この部でやってた人もいますし、密度の高い音楽的教育、そういうことができてるんじゃないかと思う」
室内楽部の現在の部員は13人。地域移行により、室内楽部の練習には、他の学校の生徒や小学生も参加できるようになりました。キッズオーケストラの人数は38人に増え、部員にも刺激を与えています。
柳町中学校 室内楽部・大石勘介部長:
「人数が増えたことで、音の大きさとしても心強くなったのでとてもいい。(他校の生徒と)普段は関りをもつことはないが、こうやって音でかかわれるのはすごくいいこと」
メンバーの一人、長野日大中学校3年の小山陽菜乃さん。学校に「室内楽部」はありません。
本番の公演を5日後に控えた、5月12日。
長野日大中3年・小山陽菜乃さん:
「みんなの足を引っ張らないように、1音ずつ正確に当てていかないといけないのが難しい」
この日は柳町中のテスト期間中。部活動が休みのため自宅で練習しています。
小山陽菜乃さん:
「(学校には)吹奏楽(部)もあったんですけど、3歳から弦楽器をやっていたのもあったので管(楽器)にはいかなかったです」
小学5年からキッズプロジェクトに参加していますが、中学生になってから部活動として取り組んでいます。
小山陽菜乃さん:
「他の学校のことを知れたり、弦(楽器)のことをたくさん知ってるのでいろいろ学んだり、絆が深まったり、音楽の魅力がわかった気がします。青春ですね」
母親の紀子さんも、他の学校の生徒との練習に娘の成長を感じています。
母・紀子さん:
「地域移行でいろんなところから集まってきて、みんなで練習できる環境はすごく楽しそうに行ってますし、1人で練習するのとまた違っていいなと思う」
5月17日、地域移行団体として臨む公演当日。会場には演奏を楽しみに約900人が集まりました。
♪「リュートの為の古風な舞曲とアリア第3組曲/O.レスピーギ」
客:
「あんなに小さいのに長い曲を全部、弾きこなすのは素晴らしい」
「すごくよかった、感動しました。(地域クラブの活動も)これからもっと盛んになってほしいし、どんどん広がってほしい」
小山陽菜乃(長野日大中)さんもステージに。
長野日大中3年・小山陽菜乃さん:
「指揮の呼吸が聞こえるので、コンサートマスターを見るだけじゃなくて耳で聴くことも大事だと思った。今回、バイオリンについて得た知識を生かして、これからも練習に生かしたい」
母・紀子さん:
「緊張してたようですけど、一生懸命がんばって楽しそうに弾いていたと思います。地域移行になって、うれしいな、楽しいな、素晴らしいなという体験をいろんな人にしてもらいたい」
指揮者のユベール・スダーンさんも子どもたちの成長に期待を寄せています。
指揮者・ユベール・スダーンさん:
「彼らはきょう、とてもよく演奏しました。子供たちは素晴らしかった。大きなミュージシャンになることよりも彼らが音楽を愛することに興味を持っています、いい音楽を聴いたりすることがとても大事です」
プロの演奏家と一緒に演奏。
♪組曲「アルルの女」/G.ビゼー
地域移行の成功例ともいえるNOVAキッズオーケストラですが、課題もあります。
地域移行では、指導者への謝礼や交通費などは、基本的にクラブや市町村でまかなうため、財源の確保が必要です。
母体となるアンサンブル・ノーヴァでは、キッズプロジェクトの活動支援のため、クラウドファンディングを行っています。
部活動を指導する中村さんは、地域移行のメリットとデメリットを考えながら進めていきたいと考えています。
講師・中村勝さん:
「一つの学校だけじゃなくて、いろいろなところからやってみたいという子が集まるのは理想的なことだったので喜んでいるが反面、柳町中学校という名前とか伝統を背負って毎年展開することがなくなってしまうことは、寂しさもあるのではないかと思っている。オーケストラの響きの中で音楽を勉強するのはとてもいい機会だと思う。こういうオーケストラを聴きに来て、憧れをもって自分も将来やってみたいと思う子供が増えればうれしい」
長野日大中から参加している小山さんも、地域移行でさらに多くの仲間に出会えればと思っています。
小山さん:
「音楽に興味がない子とかも、これを機にオーケストラに興味を持って他校から(メンバーが)増えてもらえたら」