日本が太平洋戦争に敗れて80年の節目である2025年。山陰に残る戦争の体験や記憶を教訓として残す必要性が高まる中、戦没者の追悼の場がなくなってしまうかもしれない問題が浮上しています。
戦争の犠牲者への慰霊と平和の思いを込めて各地に建立された数多くの慰霊碑が、長い年月を経て老朽化の問題に直面しています。戦争の記憶を伝える場をどう継承していくのか考えます。
出雲市斐川町にある戦没者の慰霊の塔。中で清掃するのは、斐川町遺族会のメンバーです。
Qどれくらいの頻度で清掃していますか?
斐川町遺族会・原晴昌会長:
1か月に1回。ローテーションを組んで、きちんとやっていますよ。
日清戦争以降で斐川町から出征し、命を落とした887人の位牌が祀られています。遺族らが長年に渡り維持と管理にあたってきました。
斐川町遺族会・原晴昌会長:
私らは戦後100年に向けてやろうと。孫世代が60歳前後なので、それが80歳になるとちょうど戦後100年になる。そこでどうなるかは想像もつかないが、100年に向かっていかないといけない。
こうした慰霊の場を守る熱心な取り組みの一方で、戦後80年という時間の流れは深刻な問題を引き起こしています。
奥出雲町仁多地区にある戦没者の名が刻まれた平和の塔。ここには「規制線」が張られています。
島根県遺族連合会仁多支部・石原道夫会長:
一番危険なのは、この平和の塔が倒れるということ。
倒壊の危険があり、慰霊の祈りを捧げることができなくなっています。
町内のほかの慰霊碑も。
島根県遺族連合会仁多支部・石原道夫会長:
こんなに大きなものが乗っていたわけです、上に。
数年前、慰霊碑の先端が落下。修復されることなく、そのまま放置されています。
町内には9基の慰霊碑がありますが、少なくとも3基がすでに倒壊、もしくは倒壊の恐れがあるといいます。
島根県遺族連合会仁多支部・石原道夫会長:
(遺族も)ここは来てはいけない。危険だからそういうことになっている。
こうした戦没者慰霊碑の老朽化は、全国で問題となっています。
厚生労働省の調べでは、全国にある戦没者慰霊碑は1万6000基を超えていて、このうち、管理者がいないまたは連絡が取れないとされた碑が1500基近く。さらに、すでに倒壊または倒壊の恐れがある碑が200基余り。ひび割れなど経年劣化しているものが約550基あります。
ただこれは6年前のデータで、今はさらに数が増えていると考えられます。
こうした厳しい現状の背景には、慰霊碑の「成り立ち」が関係していると専門家は指摘します。
埼玉大学・一ノ瀬俊也教授:
GHQによって「忠魂碑などは公の場所から撤去しろ」だとか、あるいは「政教分離」というものが定着してきて、行政としては関与してはいけないんじゃないかという、そういう空気が強まってきて、行政の管理が曖昧になってきています。
そもそも慰霊碑は、特に戦前と戦中にかけては公的な機関や軍の関係者から遺族に対して贈られたものも多く、維持や管理の義務は贈った側にもあるとされていますが、実態は贈られた遺族側のみの管理が大勢を占めています。
埼玉大学・一ノ瀬俊也教授:
遺族会の高齢化に伴って、『じゃあ遺族会に変わって誰が管理するのか』というところもなかなか難しい問題になってきているというのが現状です。
戦争犠牲者への慰霊の場が、長い時間という大きな流れに飲み込まれて行こうとしています。
専門家は、今後「行政が深く関与すべきだ」と指摘します。
埼玉大学・一ノ瀬俊也教授:
個人に任せることがいろんな意味で難しくなってきていると思いますので、やはり公的な立場から何か対応策を考えていただけると非常にありがたいと思います。
自治体が慰霊碑の存続に関与した例が山陰にあります。
福村翔平記者:
形の異なる6基の慰霊碑が並んでいます。管理者がいなくなった地区の慰霊碑を倉吉市がまとめてこの場所に移しました。
倉吉市は、市内各地区の遺族会が高齢化によって相次いで解散したことを受け、2021年度から4年かけて慰霊碑7基を市の土地に移しました。
移設費用は約2000万円で、このうち350万円は国の補助金を活用しました。
倉吉市役所福祉課・藤井裕子さん:
実際に倒壊したらどうなるか。危険もあるし、継続して忠魂碑を管理していくことで今後に伝えていく、引き継いでいくことも市としてできる役割かなと思います。
こうした動きを知った奥出雲町の遺族会も、町に慰霊碑9基の統合を働きかけています。
島根県遺族連合会仁多支部・石原道夫会長:
これがなくなってしまうと、即、戦争は忘れられてしまうということになりますね。戦争が忘れられるとどういうことが起こってくるかというと、また戦争するということになる。そういうことがないために、この戦死者は頑張ったわけですよね。「私たちが平和の礎だ」ということで、日本を守るために頑張って死んでいったわけです。その思いを消したくない。そのためにはこういうものが必要。
厚労省は2025年、慰霊碑の現状を把握する全国調査を行うとともに、自治体が移設・撤去する場合の費用の補助金を拡充するとしています。
慰霊碑は各地にありますが、それが何の為に誰がいつ建立したのか、知る人は今や多くはいないと思います。
福村翔平記者:
反戦・平和という側面だけでなく、身近な地域の戦争遺産としてしっかり守り、語り継ぐ姿勢も必要だと感じました。