2024年に亡くなった、福島県郡山市出身の西田敏行さんのお別れの会が開かれた。多くの仲間とファン、福島の人に愛される俳優だった。

福島を感じる祭壇

2025年2月18日に東京で開かれたお別れの会。祭壇は磐梯山をモチーフに猪苗代湖を表現するなど、西田さんが愛した福島を感じられるよう豪華に彩られた。
親交のあった俳優仲間や関係者が参列し、早すぎる別れを惜しんだ。

米倉涼子さん
米倉涼子さん
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弔辞・米倉涼子さん「悲しいし、まだまだたくさん同じ時間を過ごしたかったけど、天国からこれからもずっと日本のエンターテインメント界を見守ってください。大好きだよ」

西田さんはこれからも

2024年10月に76歳で亡くなった西田敏行さん。多くのテレビドラマや映画、舞台に出演し、日本を代表する俳優として活躍した。
東日本大震災が起きると、すぐに福島を訪れふるさとの復興を応援。いつも笑顔で元気を与えてくれた。

東日本大震災後 福島県で(2011年4月)
東日本大震災後 福島県で(2011年4月)

弔辞・三谷幸喜さん「安心してください、西田さん。西田さんが演じて残した分身たちが、これからもずっと僕らを笑わせ、泣かせ、喜ばせ、楽しませてくれるはずです」

故郷から「愛してるぞい」

一方、生まれ故郷の福島県郡山市の駅構内にある観光案内所には、西田さんが亡くなってから特設コーナーが設けられている。
西田さんへのメッセージを自由に書き込める「愛してるぞいノート」は、まもなく3冊目にはいるという。ノートには「唯一無二の存在、大好きです」「福島の復興をだれよりも気にかけてくれてありがとう」など、西田さんへの思いと感謝の言葉で埋めつくされていた。

西田敏行さんへの思いが書き込まれたノート
西田敏行さんへの思いが書き込まれたノート

郡山市観光協会・二瓶沙希さんは「西田さんから大きい愛をいっぱいもらっていたので、それにお返しするような形でみんな“ありがとう”の言葉をたくさん書いてくれています。愛されているなと思います。すごく郡山市民として嬉しくなります」と話す。

郡山観光協会に設置された特設コーナー
郡山観光協会に設置された特設コーナー

これまでに580人からメッセージが寄せられていて、今後イベントでの展示も検討されている。
郡山市のフロンティア大使も務めた西田さん。震災直後には「うねめ祭り」にも参加して市民を励ましていた。故郷に注がれた愛情は消えることはない。

故郷の祭りに参加する西田さん
故郷の祭りに参加する西田さん

福島県出身の俳優として西田さんが残した功績は大きく、県民栄誉賞、郡山市民栄誉賞が贈られている。

(福島テレビ)

福島テレビ
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