プレスリリース配信元:学校法人明治大学
概要
明治大学黒耀石研究センター、御所野縄文博物館、金沢大学古代文明・文化資源学研究所、東北大学総合学術博物館、弘前大学人文社会科学部北日本考古学研究センター、八戸市埋蔵文化財センター是川縄文館は、2024年6月に岩手県一戸町の山井遺跡から出土した縄文時代晩期の籃胎漆器をX線CT画像解析による調査・分析しました。明治大学黒耀石研究センターは、X線CT画像で得られた編組技法を詳細に観察して、かごに修復箇所を発見したことで今回の成果に貢献しました。籃胎漆器(らんたいしっき)の「籃」はかご、「胎」は素地を意味します。籃胎漆器は、ササ類を編み組みしたかごに漆を塗った容器であり、縄文時代後期前葉に東日本各地で作られ始め、縄文時代晩期まで、各地の低湿地遺跡から出土しています。
近年、X線CT画像解析による、出土遺物の構造解析が注目されています。特に、外面からは観察が困難な縄文時代の漆塗り櫛や籃胎漆器内部の構造が解析されるようになってきました(片岡・上條2015)。2024年2月、金沢大学古代文明・文化資源学研究所らの是川縄文館第4期共同研究チームは、縄文時代の編組技法を解明するため、御所野縄文博物館に協力を依頼し、縄文時代晩期の山井遺跡から出土した籃胎漆器を調べました。
この籃胎漆器をX線CTで撮影し、画像データを解析したところ、内部のかごの構造が観察でき、かごの底部から体部の立ち上がり付近に、複数の紐で補修している痕跡を発見しました(図1)。かごの一部のタテ材が切れており、その部分を囲むように三角形状に紐で押さえていることが明らかとなりました。この修復箇所は、漆を塗った後の外観からは全く確認できないため、漆を塗った後に現れないように修理した痕跡と考えられます。本研究成果は、日本列島の先史時代のかご作りにおいて人間が紐でかごの破損を修理したと確実に言える、初めての事例となりました。
本研究成果は、2025年3月に刊行される八戸市埋蔵文化財センター是川縄文館『研究紀要』第14号に掲載される予定です。なお、籃胎漆器については、御所野縄文博物館に収蔵されており、2025年2月22日(土)の「令和6年度調査成果発表会」にて報告を行い、同博物館において一般公開される予定です。
籃胎漆器(写真下が底部)
籃胎漆器の内部構造(X線CT解析画像に着色) 紫色…タテ材 緑色…ヨコ材 青色…補修の紐
図1 山井遺跡出土籃胎漆器と内部構造
研究内容
1.背景
対象となる縄文時代晩期の籃胎漆器が出土した山井遺跡は、岩手県一戸町に所在し、縄文時代晩期の遺物包含層が検出された遺跡です(図2)。この山井遺跡は馬淵川の支流である小友川左岸の谷底平野の微高地と、その上に広がる丘陵地の緩斜面に立地しています。山井遺跡は1993年に一戸町教育委員会より発掘調査が行われ、遺物包含層は大きく上・中・下の3層に分けられ、縄文時代晩期前葉の土器・土製品・石器・石製品とともに籃胎漆器が出土しました(一戸町教育委員会1995)。
籃胎漆器は、遺物包含層の下層から3片に別れた状態で出土し、保存処理によって底部から胴部の一片に接合されています。
青森県八戸市是川縄文館では、3ヵ年の第4期共同研究を金沢大学や明治大学、東北大学、弘前大学と進める中で、岩手県一戸町御所野縄文博物館とも学術連携して特別展「縄文の編み組みの探究」(2024年7~9月開催)の準備を進めてきました。御所野縄文博物館では、御所野遺跡出土遺物の土器底部に残る敷物圧痕の観察を行った結果、縄文時代中~後期の敷物圧痕として残る編物痕の多くは「ござ目編み」で製作されており、その素材となる植物は薄く調整されたスズタケの可能性が高いことが明らかとなっています(佐々木ほか2015)。一戸町で現在も製作されている「鳥越の竹細工」は、スズタケを材料としたかごづくりです。中居遺跡の籃胎漆器の復元製作をスズタケで行う作業過程の中で、山井遺跡でも縄文時代の籃胎漆器が状態よく保存されていることが分かりました。この籃胎漆器についてもX線CT画像解析を試みることになり、今回の成果が判明しました。
図2 遺跡位置図(地理院地図より作成)
2.研究内容と成果
1)X線CT撮影
X線CT撮影には、東北大学総合学術博物館に設置された高出力大型標本用CT装置(コムスキャンテクノ株式会社製ScanXmate-D180RSS270または株式会社Voxel Worksによる改造後の同装置)を使用しました。資料の撮影条件は、X線管電圧140kV、X線管電流100μA、プロジェクション数3000、解像度33.0μmで撮影しています。CT画像の再構成は、有限会社ホワイトラビット社製のソフトウェアconeCTexpressを用いて行いました。
2)X線CT撮影データ解析
データ解析は、弘前大学人文社会科学部北日本考古学研究センターに設置されたX線CT装置(Bruker SKYSCAN 1174)付属のソフトウェア、3D.SUITE(CTAN、CTVox、DataViewer)を使用しました。具体的には、CTANを用いて編組構造を抽出し、CTVoxを用いてサーフェスレンダリング法による透視投影像を表示し、DataViewerを用いてCT画像を表示しました。また、正投影像の表示には、有限会社ホワイトラビット社製のソフトウェアMolcerを使用しました。
3)編組技法の観察
X線CT画像で得られた編組があった空洞部分を反転させることで、籃胎漆器内部のかごの編組技法が明らかになりました。かごは底部から体下部まで残存していますが、破片が小さく器種は不明です。編組技法を観察すると、底部は2本1単位とする2本飛び網代、体下部はタテ材が2本1単位のござ目で、体上部はタテ材1本1単位ですが、残存しておらず技法は不明です。
同時期の青森県八戸市中居遺跡の縄文時代晩期の籃胎漆器の観察から、底径が約10cm未満の小さい器種は、底部を2本1単位で組み、体部でタテ材を1本1単位にする、さらにタテ材を分割するなど、タテ材の本数を底部の素材より増やす工夫が施されていました(佐々木ほか2025)。山井遺跡の籃胎漆器は、底部が2本1単位の2本飛び網代であるため、比較的底径が小さい器種であった可能性があります。
補修した箇所は底部から体部への立ち上がりの箇所です(図3)。一部のタテ材が切れておりその部分を補強するように数本の細い紐で留めていました。
3.今後の展開
籃胎漆器の内部の編組技法や構造を明らかにすることは、単にその技法や形態が明らかになるだけでなく、編組技術やその素材の管理と加工技術が検討可能になります(図4)。今後、まだ観察していない籃胎漆器のX線CT画像解析や他遺跡の解析結果と比較することで、縄文時代の籃胎漆器の特性が検討可能になると考えられます。
御所野縄文博物館と是川縄文館は、世界遺産「北海道・北東北の縄文遺跡群」の構成資産を有するガイダンス施設であり、両館の連携による研究成果の公開となりました。今後も、両館において研究を推進し、縄文遺跡の保存と価値の伝達を進めて参ります。
引用・参考文献
一戸町教育委員会 1995 『山井遺跡』 一戸町文化財調査報告書第36集
佐々木由香・黒沼保子・米倉浩司・小林和貴・菅野紀子・木村由美子 2015 「(10)レプリカ法に よる敷物圧痕の観察」『御所野遺跡V−総括報告書−』 一戸町文化財調査報告書第70集
片岡太郎・上條信彦 弘前大学人文学部北日本考古学研究センター編 2015 『亀ヶ岡文化の漆工芸II 北日本における先史資源利用の研究』六一書房
佐々木由香・小林和貴・鈴木三男・能城修一・小久保拓也・澁谷侑奈 2024 「中居遺跡出土の編組 製品の素材植物種」『研究紀要』第13号 八戸市埋蔵文化財センター是川縄文館
八戸市埋蔵文化財センター是川縄文館 2024『令和6年度特別展図録 縄文の編み/組みの探究−第4期共 同研究展示−』八戸市埋蔵文化財センター是川縄文館
佐々木由香・片岡太郎・小林和貴・鹿納晴尚・小久保拓也・能城修一・落合美怜 2025 「X線CT画 像解析による縄文時代の籃胎漆器の技法−八戸市中居遺跡と一戸町山井遺跡を中心に−」 『研究紀要』第14号 八戸市埋蔵文化財センター是川縄文館
掲載論文
雑誌名:八戸市埋蔵文化財センター是川縄文館 研究紀要
論文名:X線CT画像解析による縄文時代の籃胎漆器の技法−八戸市中居遺跡と一戸町山井遺跡を中心に
著者名:佐々木由香・片岡太郎・小林和貴・鹿納晴尚・小久保拓也・能城修一・落合美怜
掲載日時:2025年3月31日に掲載
DOI:なし
研究者
佐々木 由香(ささき ゆか 金沢大学古代文明・文化資源学研究所特任准教授/明治大学黒耀石研究センター客員研究員)
片岡 太郎(かたおか たろう 弘前大学人文社会科学部文化財科学研究室准教授)
小林 和貴(こばやし かずたか 東北大学植物園学術研究員)
鹿納 晴尚(かのう はるまさ 東北大学総合学術博物館技術職員)
能城 修一(のしろ しゅういち 明治大学黒耀石研究センター客員研究員)
小久保 拓也(こくぼ たくや 八戸市埋蔵文化財センター是川縄文館学芸員)
落合 美怜(おちあい みさと 八戸市埋蔵文化財センター是川縄文館学芸員)
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