ドナルド・トランプ米大統領のいわば「ガザ乗っ取り」計画は、単なる思いつきではなく少なくとも1年前から具体的に検討されていた計画のようだ。
4日トランプ大統領が、ガザ地区からパレスチナ人を退去させた後、米国が占有して復興を図るという計画を明らかにした記者会見を録画中継で見たが、まず気付いたのは大統領が原稿を読みながら計画を紹介したことだ。

トランプ大統領は記者会見にはアドリブで対応することが多く、原稿に頼る場合もテレプロンプターを利用して自分が全てを把握しているように見せかけるのが常だ。それがこの日に限っては、終始下を向いて原稿を読む姿に「一言も言い間違えないように配慮しているのならば、背景に微妙な問題があるのかもしれない」と聞き耳をそば立てた。
そして次に記者との質疑応答で復興後のガザについて問われると、大統領が次のように答えたところでメモを取っていた鉛筆の動きが止まった。

「世界中の人々が住むことを想定している。パレスチナ人も住むだろう。ガザは『中東のリビエラ』と言われるような素晴らしい場所になる可能性を秘めている」
実は、これと似たことを1年前に言った人物が居たのだ。
クシュナー氏がトランプ大統領に提言か
「ガザの海辺は極めて貴重な不動産資産になる」
トランプ大統領の娘婿ジャレード・クシュナー氏がその人で、2024年2月15日にハーバード大学ケネディ・スクールで行った中東問題をめぐるディスカッションでこう述べていた。

クシュナー氏の構想は、ガザの停戦が実現すればその住民をシナイ半島かイスラエル領のネゲブ砂漠に設ける居住地に退去させ、米国がガザ地区を占拠して戦禍を整理し新しい観光地を開発するというもので、4日に大統領が披瀝した米国による「ガザ乗っ取り」計画とほぼ同じだ。
クシュナー氏がトランプ大統領に提言したのかどうかはわからないが、この構想に沿った動きがこの頃からガザ地区周辺で見え始めていた。

それは、2024年3月、このコラムでも伝えたことだが、エジプトがガザ地区南部に接するシナイ半島にパレスチナ人を避難させる広大な土地の整地を始め、将来的にパレスチナ新国家の建設につながるのではないかと憶測を呼んでいた。
その後、この工事をめぐる報道はなく忘れられているが、今にして思えばクシュナー氏の構想に沿ったものであり、今回のトランプ大統領の「ガザ乗っ取り」計画にもつながることが考えられるのだ。
トランプ氏の提案には必ず「落とし所」 ネゲブ砂漠に新居住地?
今回のトランプ大統領の計画に対しては全世界的に反対論が巻き起こり、特にアラブ諸国はガザ地区の住民の受け入れは到底容認できないとしている。しかし「ディールメーカー(交渉上手)」を自認するトランプ大統領のことである。その提案には必ず「落とし所」が隠されていると考えて良いだろう。それはいみじくもクシュナー氏が示したガザ住民の退去先ではないか。もしイスラエル領のネゲブ砂漠に新居住地を構えると言うのであれば、エジプトもヨルダンも反対する理屈がなくなるからだ。

またイスラエル領内の居住区は、将来のパレスチナ国家建設の礎にもなるはずだ。トランプ大統領が記者会見で今回の提案がいわゆる「2カ国解決」を放棄するのかと記者から問われても口を濁して明言を避けたが、この問題をめぐってはイスラエル、パレスチナ両者との攻防が残っているようだ。
いずれにせよ、今回の「ガザ乗っ取り」計画は端から「暴論」と決めつけずに、トランプ大統領の「ディール」の可能性を見極めてから判断しても遅いことはないと思う。
【執筆:ジャーナリスト 木村太郎】
【表紙デザイン:さいとうひさし】