石破首相は、急いでトランプ大統領に会う必要がなかった
「石破首相は、就任前に急いで会いに行く必要がなかったと考えていいと思います。会っているのは、メキシコやカナダといずれもトランプ大統領が標的にしている国です。言い訳をするために会いに行っているだけで、日本は標的にされていない。だからわざわざ会いに行く必要がなかったと考えていいと思います」

こう語るのは、第一次トランプ政権と行われた日米貿易協定交渉で、茂木敏充経済再生担当相のもと事務方のトップとしてアメリカ通商代表部(USTR)と協議を繰り返し、日米貿易協定をまとめるなどした渋谷和久関西学院大学教授。
渋谷氏はもともと、国土交通省のキャリア官僚だったが、広報課長時代から他の官僚とは違う存在だった。
閣議後の会見中、大臣の説明が間違っていると、答弁が終わる前に耳打ちして修正させる同時通訳並みの速さでリスク管理をし旧建設系の部署で、国会答弁の作成担当になったときには、「国会で質問されると、自分たちの仕事が世の中に伝えられる」といって喜び、楽しそうに答弁内容を整理していた。
そんな渋谷氏が突然外務省に出向し、日米貿易交渉の事務方トップになった。
日米貿易協定を結ぶまでの過程において、国会では野党から譲歩しすぎではないか、など厳しい追及もあったが、自分で作成した答弁を自ら国会で説明していた姿はいまでも覚えている。
渋谷氏に、日米貿易協定をまとめた際のトランプ大統領について質問した。
「トランプ大統領は当初、日本は自動車の非関税障壁があるとか、日米関係を1980年当時の認識を持っていた。それを安倍総理が何度も首脳会議などの場で丁寧に説明し、かなり誤解が解けたんです。だからトランプ大統領は日本をずるいって国のリストには入れていないはず。貿易交渉のカウンターパートのライトハイザー氏から直接聞いたこととして、ウチのボスはそちらのボスと会いたくてしょうがないらしい、と言っていました。だから首脳会談が頻繁にセットされたんですね。印象的だったのは、ライトハイザー氏は交渉の場では高圧的な態度をとる方なんですが、ご自身で言っていたなかで、『自分がトランプ大統領の前にいけば、大統領の言いなりになる』と話してくれたことがあり、アメリカ大統領と閣僚の上下関係というかアメリカにおける大統領の地位の高さがうかがえました。」

第二次トランプ政権と日本の関係
石破首相には、安倍元首相のように仲が良くなる必要はなく淡々と関係を構築していけばよいと指摘したうえで、アメリカ国民の代表としてリスペクトを持って接することが重要としています。
「トランプ大統領と接するときは、リスペクトをもって接することが重要だ。反面教師でいえば、ドイツのメルケル元首相。メルケル氏は、出来の悪い生徒を指導する学校の先生のような態度で接したことで、トランプ大統領から在任中そっぽを向かれ続けることになった。その点、ロシアのプーチン大統領、中国の習近平国家主席は思想信条は違いますが、バランスよく接していたと思います。リスペクトといっても、迎合する必要はありませんが、アメリカの代表者、アメリカ国民の代表だと思って接するべきです。」
渋谷氏によると、トランプ政権が貿易面で関税をかけて叩こうとする国について国防費で協力しているか、貿易赤字がどれくらいか、為替操作で問題はないか、アメリカの国債を購入しているか、という点で選別するであろうと指摘し日本はアメリカ国債を世界一購入していますし、どの項目でも優等生で当面攻撃される懸念はないと考えてよいと語る。
一方、中国やメキシコは貿易相手国として相当厳しい要求がつきつけられるのではと予測する。
今回、アメリカ通商代表部(USTR)代表となるグリア氏は、第一次政権でライトハイザー氏の腹心で、渋谷教授のカウンターパートだった人物。グリア氏は「非常にバランスの取れた人で、無理難題を押し付けてくるようなことはしない。トランプ政権が求めているのはどういうことか、をしっかりとリサーチすれば、問題なく交渉は行えるはず」と述べた。
マスク氏の関与&ロシア・ウクライナ戦争停戦は?
第二次トランプ政権にはイーロン・マスク氏が深く関わることになるが、渋谷氏は、政権中枢にマスク氏と意見が合わない人たちがそれなりにいるのでどこまで政治に関わってくるのかまだ様子見する必要がある、と語る。
就任直後に大統領令を乱発したことについては、バイデン政権の4年間に、トランプ氏の腹心たちがアメリカファースト政策研究所というシンクタンクを立ち上げて、政策についてかなり周到な準備を進めてきたはずで、それを就任直後から実行に移していると指摘、グリーンランドを購入するなどという発言は思い付きではなく、いろいろと考えて落としどころを考えている可能性が高いと分析する。
また、ロシアとウクライナとの戦争やパレスチナ・ガザ地区などで起こる紛争についてトランプ政権がどのように対処していくのか聞いた。
「トランプ大統領は元は不動産屋さん。不動産屋さんって平和じゃないと仕事にならないので、本質的に戦争が嫌いなんだと思います。戦争って平時のビジネスを阻害する、よくないことだと思っている。だから人道的とか、過去の歴史から、ではなくて、どうやったら争いをやめさせるのか、というのがトランプ氏の発想だと思うんですね。」
日本企業からみたトランプ対策は?
日本企業の経営者に向けてトランプ氏と向き合う上でのポイントを聞くと渋谷氏は「トランプ氏に説明するときは、過去10年、20年投資してきた、と説明しても全然受けません。トランプ大統領になってから投資を増やした、という説明ではないと耳に入らないと思います。これから投資するという計画でもよいです。そうしたものがアピールになると思います。」と語る。
バイデン政権が日本製鉄によるUSスチールの買収計画に阻止命令を出し、日本製鉄側が提訴した問題については、会社名に日本とUSがそれぞれついているので、日本がUSを買収するという悪いイメージがある。
まずはUSスチールという社名を残すなど、トランプ氏に丁寧に説明すれば、バイデン氏がしてきたことを全否定したい人なので、バイデン氏が阻止命令をだしたのだから、逆にトランプ氏は撤回する可能性はあると思う。
丁寧な説明とアメリカ国内へのアピールも必要ではないかとの考えを示した。