福岡市南区の老舗食堂。開業して半世紀となる。ふらりと立ち寄るには気後れする店構え。SNSや外国人観光客が口コミで賑わうような店でもない。

実はここ、警察署内の食堂なのだ。

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市民も利用できる警察署内の食堂

福岡県警南警察署。玄関を入って突き当たりを右。「食堂たなか」は、店主の田仲泰和さん夫婦が営む老舗食堂だ。

店内は懐かしさを感じるレトロな雰囲気。人気メニューは、強火で炒めた具材に白湯スープ、そこに秘伝の味噌とバターを加えコクと旨味を出した「味噌ちゃんぽん」だ。癖になる味で「毎日注文している」という常連も少なくない。

場所が場所なだけにお得意様は、警察署に勤務する警察官。「値段も安くて量も多いし、栄養素もいっぱい摂り入れられる」とテーブルについた男性警察官は、食堂たなかの魅力を語る。また別の女性客は、自分は警察官ではなく「週に1回くらいは来ている」という一般市民だった。食堂たなかは、警察署内にあるものの誰でも自由に利用できるのが特徴だ。とは言っても警察署には、なかなか食事に行きにくいもの。しかし「実際、中で食事していると、そんなに気にならない」と客は笑顔で答えた。

母親の代から50年 受け継がれる味

食堂たなかは、50年前の1974年、南警察署の発足に合わせ田仲さんの母親、弘恵さんが29歳でオープンした。当時「『お店しようかな』と話していた母親が、料理学校に通い、卒業と同じ時期に、警察署内での開業の話がきた」と田仲さんは振り返る。

初代店主 田仲弘恵さん(当時29)
初代店主 田仲弘恵さん(当時29)

母親から「『警察署の食堂やけど、どうする?』って聞かれて、最初はそんなの全然分からないから、『うん、やる!』」と田仲さんは答えたという。当時は、周囲に飲食店がほとんどなかったこともあり、母親の弘恵さんは1年365日、休むことなく食堂の厨房に立っていた。「お袋がおるから、もう常に食堂におるような状態ですね。弟もまだ小さかったから」と半世紀前の幼い日々を懐かしく思い出していた。

その後、60歳を期に引退した母親に代わり、同じ料理の道を進んでいた田仲さんが店の跡を継いだ。調理の道に進ませてくれた母親。「大切にしていることは、なるべく昔のレシピ、母親の味ををそのまま引き継いでいくこと」と田仲さんは語る。

出前もOK 署員の胃袋満たす

食堂たなかの1日は、まだほとんどの署員が出勤前の午前7時に始まる。警察署は24時間365日、事件・事故などの対応に追われる‶眠らない役所”だ。

田仲さんも当直明けの署員のため、毎朝、朝食の準備に怠りない。7時40分のオープンとともに早速、腹を空かせた署員がやってくる。「ご飯とみそ汁がセットで、あと単品で何か頼む。美味しいです」と語る当直明けの職員。疲れた体と胃袋に田仲さんの料理がしみわたる。

午前9時には2人のパートスタッフも加わり、日替わり弁当の具材を詰めていく。しばらくすると女性スタッフが警察署内を回り始める。

食堂は狭いので職員の多くは、それぞれ自分の部署で食事をとるため、事前に出前の注文をとっておくのだ。メニューは弁当の他、定食や麺類も注文できるのが有難い。この日も昼前から続々と料理が各部屋に運ばれた。

もちろん署長も食堂たなかのお得意様だ。

経営厳しく年々減少する‶署内食堂”

昼時の食堂には、外部の一般客も加わり賑わいをみせる。市民との架け橋にもなる警察署内の食堂は、事業所が署内の使用許可を得て運営しているが、福岡県警によると、その数は年々減少しているという。

2019年には14カ所あった署内食堂も現在は6カ所のみ。採算が合わず経営的にやっていけないのが実情なのだ。

「経営は辛いですよね。主に署員の方を中心に営業をやっているから人数が限られる」と田仲さんも本音を漏らす。物価の高騰で少しずつ値上げもしているが、やはり経営は厳しい。

この日の売上げと仕入れの額を田仲さんがざっと計算すると、利益はわずか1万円ほど。そこから「パートの給料や光熱費を引いたら、下手したら利益はない」と頭を抱える。

食堂を利用している署員は、厳しい経営状況を理解しつつも「なんとか続けてもらえたら」と食堂の存続を願う。「こうした食堂が他の警察署でも広がって、県民の方と警察官の触れ合う場所みたいなのが増えていけば」と期待を寄せる。

店主の田仲さんも署員の気持ちは十分に分かっている。「もう年ですからね。ここで頑張れるしこ頑張って、みんなに食べさせようかな」と前を向く。

母親の代から半世紀に渡り署員の胃袋を満たし、市民との交流も生み出してきた南警察署の「食堂たなか」。存続の願いを背に田仲さんは、きょうも鍋を振り続ける。

(テレビ西日本)

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