宮城県が主導する4病院の再編構想を巡り、2024年11月、村井嘉浩知事は、東北労災病院と併設して富谷市に移転するとしていた県立精神医療センターについて「名取市で建て替える」と方針を転換した。これまでも軌道修正を迫られていた構想。取材に応じた村井知事は「断念や二転三転ではなくこれまでの議論の成果」と強調した。判断の背景には何があったのか。議論に参画してきた有識者は、急に出た新しい案ではないと釘を刺す。
構想に追加された精神医療センター
4病院再編構想とは、仙台市太白区の仙台赤十字病院と名取市の県立がんセンターを統合して名取市に、仙台市青葉区の東北労災病院と名取市の県立精神医療センターを併設して富谷市に移転するという宮城県の構想だ。
この記事の画像(8枚)県は2020年8月から、仙台市赤十字病院とがんセンター、東北労災病院の連携・統合について検討を進めてきた。しかし、3病院での協議は思うように進まず、2021年9月、老朽化していた精神医療センターを加え、4病院の再編構想として議論を進めてきた。
医療ネットワークへの懸念の声
県が精神医療センターと東北労災病院の併設の意義として挙げるのが、「身体合併症」への対応力向上だ。身体合併症とは精神疾患と身体疾患の両方を抱えた状態のことで、県の課題となっていた。
しかし、精神医療の患者や有識者などからは精神医療センターの移転自体に反対の声が相次いだ。有識者で構成する県の審議会では「長年かけて構築した精神医療のネットワークを壊すつもりか」などと厳しい意見が続いた。
議論の末の方針転換
県は2023年8月、構想の実現と精神医療の維持を目指し、代替案を提示した。富谷市への移転の方針は変えず、名取市に民間の精神科病院を誘致する方針を表明。その4カ月後にはさらに方針を変え、本院を富谷市へ移転した上で名取市に精神医療センターの分院を設置する方針を示したが、人員配置など課題が多く、協議は難航した。
2024年11月に開かれた審議会。県は初めて建て替え先に「名取市内」を加え、審議会も「名取市内が妥当」と全会一致で決議。これを受けて村井知事は県議会で、名取市での建て替えを表明した。構想表明からは3年2カ月が経過していた。
判断に至った3つの理由
村井知事が判断理由として挙げたのは以下の3つだ。
・東北労災病院側から財政状況が厳しく協議に時間が必要と伝えられた
・仙台赤十字病院とがんセンターの統合が基本合意に至ったことで、がんセンター跡地などを活用した移転を検討できるようになった
・審議会が「名取市での建て替えが妥当」と全会一致で決議した
村井知事は、有力な候補地が1つできことで一歩踏み出すことができたと話し、議論が進んだことで状況が変わったと強調。結論が変わったという批判に対して「二転三転したわけではない」と反論した。
薄まった併設の意義
併設して移転するとされた東北労災病院は今後どうなるのか。
まず、富谷市移転は労災病院側の判断となる。村井知事は、県北部の精神障害にも対応した地域包括システム=「にも包括」は非常に重要な課題としていて、富谷市に移転した場合は、精神医療センターの分院など「にも包括」を担う医療機能を富谷市に新設する可能性も言及している。今後は労災病院と協議し、基本合意の締結を目指すとしているが、当初、併設の意義に挙げた身体合併症への対応は「既存の病院で対応していくしかない」と述べるに留めた。
「断念したわけではない」
3度にわたる方針の転換で、名取市内での建て替えが決まった精神医療センター。村井知事は「知事選の公約にも掲げた4病院の再編構想を一部断念」と切り出した記者の質問に対し「本院を名取に、分院を富谷にということは選択肢の中に示していたので、最終的に選択肢が固まったということ」と切り返し「断念したわけではない」と強調した。大きな枠組みを示してから意見を採り入れるのが村井流。今回もその流れで軌道修正したという見方もできる。
しかし、審議会の委員は「議題になった時からほとんどの人が名取でなければダメだろうという話をしていた」と苦言を呈した。
「私たちのことを、私たち抜きに決めないで」
精神医療の患者などでつくる団体は「議論の間、体調を崩す精神患者は多かった」と明かす。同じ名取市内でもがんセンター跡地ではなく現地再建を望む声も多く、課題は残る。
「私たちのことを、私たち抜きに決めないで」
2006年に国連で採択され、日本も2014年に批准した「障害者の権利に関する条約」の合言葉だ。宮城県によると、2022年度の県内の自立支援医療(精神通院)の受給者数と入院患者数は合わせて約4万4000人。患者にとって納得できる内容にできるか、議論の行方が注目される。