「若者は武器を持て」

日本の若者たちは持つべき武器を持たずに戦場に出ていっている

データサイエンティスト協会のスキル定義委員長でもある慶應義塾大学SFC 環境情報学部教授/ヤフー株式会社チーフストラテジーオフィサー(CSO)の安宅和人氏は、かねてから日本の教育の在り方に警鐘を鳴らしてきた。ポスト平成の時代を生きていく日本の子どもたちをどう育てるべきなのか。安宅和人氏に解説委員 鈴木款がインタビューした。

サイエンス・リテラシー育成の重要性

慶應義塾大学SFC 環境情報学部教授/ヤフー株式会社チーフストラテジーオフィサーの安宅和人氏
慶應義塾大学SFC 環境情報学部教授/ヤフー株式会社チーフストラテジーオフィサーの安宅和人氏
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ーーさて、次は理科です。

初等・中等段階でこそ、ちゃんとしたサイエンス教育が必要です。僕は今、慶應義塾SFCで教えています。学生たちの多くは、確かに地頭は良い子が多い。中には僕が驚くほど知的ポテンシャルが高いと思うような学生が何人もいます。しかし、その彼らと話をしてみても、ほとんどの子がサイエンスとは何かをちゃんと理解していない上、そもそも教えられていない。

サイエンスの各分野がどのように棲み分けているのか、そのレイヤ的な関係性すら全く理解していない。いわゆるIQ的な話とか、科学法則を言葉として知らないということではないのです。彼らがそうだということはおそらく大人の多くもそうでしょう。だからアメリカで普通に街角のニューススタンドやコンビニで売っているようなScientific American、日本では日経サイエンス、を読んでいるような大人がこの国にはほとんどいないのです。

ーー確かに大人でサイエンスを理解している人は限られます。

これから分かる通り、少なくとも日本の中等教育は、総じて見るとサイエンス・リテラシーの育成に失敗していると思わざるを得ません。世の中を良くしている原動力であるサイエンスとは何かを伝えられておらず、武器にできる人が少ない。ここでも、意味もわからず問題がただ解ければいいというマシンとしての教育が悪さをしています。中高生のほとんどは身の回りからデータを取ったことがないばかりか、データと真実の姿の違いすら分かっていない。それを使って何らかのパターンを見出す訓練、サイエンス教育などは全くと行ってもいいほどされていないのです。

ーー サイエンスと言うと、初等・中等教育では難しすぎると思われています。

そうでしょうか。小学生に聞けば理科を嫌いという子供は非常に少ないはずです。自然や身の回りの現象を可能ならば理解したいということは人間の本能に近いからです。サイエンスの基礎概念は、大半の人の認識とは異なり、驚くほど洗練されている上、多くは感動的にシンプルです。

ファラデーの「ロウソクの科学」を読めば分かる通り、自分でやってみればそうかと思うようなものがほとんどなのです。そして僕がいま話をしているのはサイエンス的な考え方そのもの、サイエンスの広がりについての理解の話なので、知識量の話ですら無いのです。

©Kaz Ataka 2018
©Kaz Ataka 2018

ーーなるほど。小学校の頃は理科が好きという子どもが多いのですが、中高と進むにつれて理系文系と別れて理科を学ぶ機会がどんどん減っていきますね。

この地球はいまのままでは100〜200年後100%近く、sustainability(持続し続ける力)を失うんですよ。滅びないようにするためにブレーキを踏み、正しくハンドルを切らなければいけないのですが、その問題の深刻さ、複合性を理解するにはエコシステム、生態系を学習しておかないといけません。生態学についてのちゃんとした教育は日本ではほぼされていません。サステナビリティ問題がこれほど人類史上大事な時は無いのに、学ばない、考えないというのはありえなくないですか?

この課題にちゃんと踏み込もうとすると、昔ながらの生物学的な知識だけでは厳しく、いま高校生の2割強しか学んでいない物理や化学の基礎素養も合わせてある程度以上に学ぶことが必要になります。その上でシステム(系)として世界を考える訓練が必要です。例えば対流や放射のようなことが本質的に理解できないと、情報の解釈や議論のしようがないことが多いのです。高校生の8割が学んでいることになっている生物学にしても、そもそも現代の生物学の多くは、分子・細胞レベルでの理解に基づいており、ほとんど応用化学であり応用物理です。物理、化学をまるごとスキップして学ぶことは厳しいのです。これが先程のサイエンス全体のレイヤ論ともつながっています。

「仕事とは何か」働くことの本質を考える

ーー社会科はどうですか?

国とか社会の作り方や回し方を学ぶことは確かに大切なのですが、それ以前に仕事や価値を生み出すことの本質も初等・中等教育でしっかり考え、学ぶべきです。このように仕事が本質的に変容している時代において、「仕事とは何か」について単に金を儲けることと言うような理解ではダメなのです。

そんなに遠くない昔、親の3分の2は自営業で子どもは家の手伝いをしていました。いまは「働く」ことが遠く、どうやって付加価値や利益が生まれ、それがどれほど重要なのか、これがどのように社会を動かしているのか、一切分からないまま社会に出ていきます。危険です。これらを体感的に理解する事が必要だと思います。

ーーそうですね。いま子どものころから金融や経済について、学校や家庭で教えたほうがいいのではないかという声が広がっていますね。

まあ僕の話しているのはそれよりももっと根源的かつ基礎的な部分ですが、、。そもそも金融システム、経済とはなにか、ということを考えるよりも、この段階でまずしっかりと考えておくべきことがあると思います。たとえば「景気」という概念はそもそもプロすらうまく定義づけが出来ていませんからね。

加えて、歴史的に見ても大きく未来を変えるような人が若い人に集中していることを考えれば、アントレプレナーシップ教育、すなわち事業の作り方などについての教育も中等教育ぐらいである程度カバーしておくべきだと思います。また、エクスポネンシャルシンキング(※)も重要です。データやAIが世の中を変える今の時代はだいたいほとんど桁で変わっていき、5年、10年で次々と常識、前提が崩れていくからです。そうやってものを考えないといけなくて、いまできないことを前提に考えちゃだめだという教育を初等・中等でやっておく必要があります。「前提が変わる時代に生きているみなさんはラッキーですね」とやらないといけないんですよ。

(※)指数関数的な思考。シンギュラリティの考え方のもとになる。

中国が世界最大の市場になる

経済発展を続ける中国
経済発展を続ける中国

ーーでは最後に英語です。2020年に向けて小学校の低学年から英語教育が始まりました。

基本としてはいいことだと思います。日本自体はこのままいくと、20年ぐらいのうちに世界経済でのプレゼンスが、3~5%ぐらいに落ち着く可能性が高いでしょう。ということは日本の市民がちゃんと食っていくためには諸外国と仲良く商売をして役立っていくしかないわけで、絶対に道具として英語が必要です。

そういうことがマクロ的にほぼ確定しているのにも拘らず、一切道具として教えられていない。読む聞くより、書いて話せることのほうがサバイバル上は大事なのに、これがなってない。アウトプット能力、すなわち書いて話せる力がつけば、前提としての読む聞く力は必然的に身についていきます。しかし受験英語だけをやった人を見たら分かる通り、逆は成り立ちません。いくつから教えるとしても、身につけさせようとしているスキルの見直しは必須でしょう。

ーー安宅さんは初等・中等教育に、中国語の導入を提唱していますね。

中国語は大事です。中国はトランプ政権になった瞬間に未来が変わりましたが、あのままいっていたら5年で世界一の大国になっていたし、相変わらず近い将来なる可能性はあります。中国が世界最大の市場であることは当面変わらず、しかも経済的文化的に彼らの最大の隣国は日本です。

あまり語られないですが、情報科学やこれを活用したニューエコノミーの世界では既に中国は米国に並ぶスーパーパワー(超大国)になりました。深層学習の論文数では数年前から米国を抜いて一位です。インパクトのある科学技術論文では既に米国の次の2位で、このままいけば20年以内に米国を抜き去りトップに立ちます。日本人にとって中国語というのは、単に市場という意味を超えて、弘法大師”空海”の時代並みに重要になってきているのです。

圧倒的に重要国になっていて隣にありながら、中国語を学ばないまま大人になってそのまま生きるのは危なくないですか。先日、経産省の視察でEUをみてきましたけど、リーダー層の中国の扱いは極めてスペシャルで、非常に注視しています。彼らの多くにとって最大の市場はアメリカではなくすでに中国。中国のやり方は我々とはかなり異質だけれども、うまく付き合わないとだめだという空気になっています。

なのに何で隣の日本はやらないんでしょう。ものすごくまずいと思います。少なくとも日本のリーダー層、少なくともRU11(※)やその他主要大学の卒業生であれば3人に1人は喋れるべき。そういう僕もこれから身に着けないといけないのですが、、。中国語で仕事できるようにするのは国家的な要請だと思います。

(※)国が指定しているリサーチ・ユニバーシティ(研究大学)11校。旧7帝大、早慶、東工大、筑波大。

ーー英語は全員ですね?

英語はリーダー層であれば3分の3。これは議論する余地がありませんね、笑。しかも出来ればEducated English、すなわちネイティブのような発音とかではなく、、アクセントがあっても構わないので、ちゃんと教育を受けた人の英語。これは抑揚、音のつなぎ込み方、失礼ではない表現(ある種の敬語)などの組み合わせで、ほとんど日本でちゃんと教えられませんが実は重要です。

日常会話ではなく、ビジネスレベルで必要なのは今更って感じです。可能であればビジネス文書が書け、交渉できるレベルが望ましいです。シンガポールなどの英語圏以外でも、ヨーロッパはもちろん、中国のトップスタートアップの幹部の多くは大体このレベルです。

ーーありがとうございました。AI×データの時代に子どもたちが生き抜くためには、旧態依然とした教育を変えることがわれわれ大人の責任ですね。

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】
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鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。