核実験に遭遇し被曝(ひばく)した「第五福竜丸」が持ち帰った被曝マグロについて、築地市場跡地に記念碑を設置するよう、核廃絶を訴える人々が東京都に5年にわたって求めています。
第五福竜丸が持ち帰った“被曝マグロ”が築地に
被曝マグロは1954年にアメリカがビキニ環礁で実施した核実験により被曝したマグロ漁船「第五福竜丸」が持ち帰ったもので、築地市場などの地下に埋められたものです。
「築地にマグロ塚を作る会」事務局長の及川佐(おいかわ・たすく)さんは、築地市場の古い写真をもとに、被爆マグロがまだどこかに残っていると考えています。
「築地にマグロ塚を作る会」事務局長・及川佐さん:
ここの地図にはあとでつけたんですけど、ここらへんだろうと。誰も正確な場所はわかっていない。特定するのは難しい。
しかし東京都が、築地市場跡地の大規模な再開発にあたり、埋められたとされる場所を東京都が捜索しましたが、骨なども残っていなかったということです。
「第五福竜丸」元乗組員・大石又七さん(2019年6月の集会での発言):
(核実験の光は)激しい光ではなかった。さあっと流れるような光。何だかわからなかった。
マーシャル諸島ビキニ環礁で被曝したマグロ漁船「第五福竜丸」の元乗組員・大石又七(おおいし・またしち)さんは、がんなどさまざまな病気に苦しみながら核廃絶を訴える活動を続けてきましたが2021年、87歳で亡くなりました。
大石さんは生前、核の怖さを後世に残すため、築地にマグロ塚を設置するべきだと訴えていました。
大石さんの集会での発言(2019年6月):
マグロ塚は石ですけれども、原爆のことをみんなに思ってほしい。核兵器をなくしていかなければ、皆さんも大変なことになるということを知ってほしいと思う。
マグロ塚を作る会は、2019年に東京都に再開発後の敷地内にマグロ塚を設置するよう求めていて、現在東京都の都市整備局が検討を続けているとしています。