東京電力福島第一原発の処理水の海洋放出が始まってから24日で1年となる。中国の首都・北京市で日本料理店を経営するオーナーや関係者に話を聞いてみると、先の見えない現状を憂う声が多く聞こえてくる。
中国では、処理水が放出された2023年8月24日から日本の水産物の輸入を停止する措置が取られ、1年経った今も状況は全く変わっていない。日本料理店の看板を掲げ、これまで日本産の魚を使い刺身や寿司を看板メニューとして提供してきた店にとっては食材の取引先を日本産以外にして新たに調達するか、もしくは日本料理店としての事業の継続をやめるかという厳しい選択が迫られている。
中国の日本料理店が相次いで閉店に
中国には、日本食を提供する飲食店は7万8760店舗あり(農林水産省 輸出・国際局輸出企画課)今回の輸入停止は、ここ1年で深刻さを増す中国の個人消費の冷え込みにより、売り上げを伸ばせていなかった多くの日本料理店に更なる打撃を与えている。
この記事の画像(8枚)実際、北京市の日本料理店では売上げが処理水放出前の5割にとどまるところが多く、「2023年8月の輸入停止後、取引があった日本料理店の閉店や倒産が相次ぎ、7月だけでも十数軒の日本料理店が閉店に追い込まれている」(日系の飲料メーカー担当者)という指摘もある。
一日も早く望む輸入再開
「日本から魚の入荷ができない状況で、北大西洋産の本マグロをスペインから輸入し、ウニは中国の大連から仕入れるなど新たな調達方法を開拓しています」。
北京の日本大使館近くで日本料理「東也」を経営する谷岡一幸オーナーは、これまで日本産のマグロやウニを使用し、日本の魚を求める食通の日本人や中国人に寿司や刺身を提供してきた。
2023年8月24日以降は、店で使用する水産物を日本産以外のものに切り替えたが、同時に中国産の魚介類の値段が約10%から30%値上がりし、経営が圧迫されているという。
「日本産水産物の輸入再開について我々は待つしかないという状況なので、体力が持つうちに一日も早く再開してほしい。本当に事業を継続していくのか、いつまでやるのかという事業の継続そのものを考えなければいけない時期にきている。実際にこれまで北京の日本料理業界を引っ張ってきた草分け的なお店が閉店するという状況が去年から続いている」と現在の実情を語った。
批判続ける中国政府、一方で日本の回転寿司店は連日大行列
処理水の海洋放出が始まってから中国政府は至る所で日本に対する批判を続けている。
東京電力は8月7日に8回目となる処理水の海洋放出を行ったが、これに対しても中国の呉江浩駐日大使は“核汚染水”という言葉を使った上で「極めて無責任であり、中国は断固として反対する」と批判した。
また、中国外務省の毛寧報道官も処理水放出から1年となる前日に行われた23日の記者会見で同様に“核汚染水”という言葉を使った上で「日本は汚染リスクを全世界に転嫁している。中国はこれに一貫して断固反対しており、日本側に繰り返し深刻な懸念を表明してきた」とコメントした。
一方で2024年に入り、北京市やその近郊では日本の回転寿司チェーンが相次いで新規開店し、いずれの店でも大行列ができている。魚は全て中国産か日本以外の外国産だが、日本式の料理と食文化を体験するために多くの中国人がオープン初日から並び、訪れた客の中には「原発のことを気にする人もいるかもしれないが自分は気にしない」という人もいた。
これまで日本政府は中国政府に輸入規制の即時撤廃を求め、外交当局や専門家など様々なレベルで話し合いを行っているが中国側が即時撤廃する兆しは見えていない。中国では2022年には日本の水産物約836億円分が中国に輸入されていたが処理水放出以降は全面的に輸入停止となっている。ある日中外交筋の関係者は「中国は振り上げた拳を下ろす場所を探しているのだろう」と分析するが、中国の主張に科学的根拠がないからこそ、この問題の解決は時間が掛かり一筋縄ではいかないとも言える。しかし、こういった中国の姿勢に対しても日本は一つ一つ丁寧に科学的根拠に基づく説明を続ける外交で解決するしかないのも事実である。
日本の回転寿司店に連日行列が出来る中国で、再び日本産の魚が食べられる日はいつになるのか、一日も早い輸入再開を願うばかりだ。
【執筆:FNN北京支局 河村忠徳】