愛媛県松山市の中心部、松山城の城山で7月12日に発生した土砂災害では、山の斜面が幅約50m、高さ約100mにわたって崩れ、住宅5棟が全半壊、3人が死亡する被害が出た。
この発生のメカニズムについて「生きのびるための流域思考」(ちくまプリマ―新書)著者、慶應義塾大学名誉教授の岸由二氏は「同様に危険な箇所は全国で百万はある」と警鐘を鳴らす。
河道閉塞による自然ダムの決壊か
「これはがけ崩れではなく、小流域土砂災害です」
こう語るのは慶應義塾大学名誉教授の岸由二氏だ。岸氏は1990年代より「流域思考」を提唱し、自らも鶴見川流域の治水・防災・環境保全活動に取り組んでいる。
「今回崩壊した斜面の幅は約50m、高さは約100mで面積4ha(ヘクタール)。当時の降雨量が2日間で約200㎜と言われていますが、総量よりどのくらいの時間に集中したのかが問題です。4haで時間100㎜強度の雨が降れば4千トン、秒あたりだと1トン規模の水が発生する流域です。これが土石流となれば木造住宅なら破壊されると思われます」
この記事の画像(2枚)さらに気を付けなければいけないと岸氏が指摘するのが「河道閉塞~自然ダム」だ。行政によると「この区域に砂防ダムはつくられていない」とのことだが、岸氏はこう指摘する。
「河道閉塞が起こると流れてくる泥や木によって自然ダムができる。そうするとほぼ確実に決壊します。今回3回の土石流があったと報告されていますが、降った雨が集まって流れてくるだけでしたら、3回別々に起こることはありえません。少なくとも2回、最大で3回自然ダムができて決壊していると思われます」
天守広場と道路排水だけで極めて危険
他にも岸氏は松山城からの排水がどう行われていたのかを見る必要があるという。これを行政に確認すると、天守広場からくる水と道路排水以外、日常的な排水はないとのことだった。排水の山側の側溝は石垣と道路の間に設置していて(道路勾配は石垣に向かっていた)、側溝の排水機能は壊れていなかった。
しかし12日の発生以前、谷側の側溝に損壊があったためブルーシートをかけ土嚢を積んでいた。担当者によると「土嚢とブルーシートは12日の発生後も変わっておらず、応急措置に問題はなかったと認識している」ということだ。
ただこれについて岸氏は「天守広場と道路排水だけで極めて危険。天守は巨木とおなじで横殴りの雨もあつめる集水構造。日常的に集水して雨水を谷に流すので、谷は浸食され続け、保水力がゼロに近くなるはずです。ブルーシートが自然ダムになった可能性もあり、そうすれば逆効果だ」と指摘する。
ハザードマップ以外で危険区域は百万カ所
今回被害のあった地域はハザードマップでは土砂災害警戒区域(イエローゾーン)や土砂災害特別警戒区域(レッドゾーン)に該当していなかった。なぜそんな場所で土砂災害が起きたのか。岸氏はその理由をこう語る。
「土砂災害防止法では、警戒区域は基本的に傾斜30度以上で高さが5m以上の崖がある区域です。一方で行政はその崖が平坦になった場所の傾斜が2度以下だったら、警戒区域には入れないはず。この区域もそうだったのでしょう」
ハザードマップから外れた区域について岸氏は「流域思考的に言うと、かなり危険なエリアは数多くある」という。
「しかし国の制度を変えてその区域をハザードマップに入れるとすると、件数が多すぎるのです。日本列島は37万平方キロメートル、大体3割が平地で7割が山。土砂災害を起こす可能性のある急傾斜地が、山に限定しても1平方キロに数カ所あれば、百万カ所ということになりますね。本当に危険なところは国が制度的に対応できるかもしれませんが、それ以外については住民・市町の自助共助で対応するしかない状況です」
ハザードマップだけに頼らない危険回避術
2021年の熱海市伊豆山地区の土石流の際、岸氏に行政のハザードマップだけに頼らず我々が危険を回避するには何をすればいいのか聞いた。その際に岸氏が言ったのは「まず自分がどういう水系・流域のどんな場所に住んでいるかを確認すること」だった。
「これは行政に聞いてもわかりません。自分の居住地に降った雨の水が流れ込む川を確認し、一度源流まで自力で行ってみる。知っていれば逃げられます。流域という地形、生態系の全体で暮らしの安全を考える、流域思考がいまこそ必要なのです」
地域住民が自分の住む場所の危険性を、ハザードマップだけに頼らず考える。そのためにも「流域思考」を身につけることが必要だ。
(執筆:フジテレビ報道局解説委員 鈴木款)