経団連は、長野県軽井沢町で2日間にわたる夏季フォーラムを開いた。大手企業のトップら約40人が参加するなか、深刻な人口減少が進行し、人口の約3人に1人が65歳以上の高齢者になるとされる 2040 年に向けて、未来社会の姿をどう考え、社会課題の解決にどう取り組むのかについて意見が交わされた。

持続可能な社会保障制度をどう構築するか

初日となる18日のフォーラムでは、人口減少のもとでも持続可能な全世代型社会保障制度の構築をどう進めるかや、国際的に通用する高度人材をどう育てていくかなどをめぐり、活発な議論が行われた。

東京大学の藤井輝夫総長を講師に招いたセッションでは、人材育成のあり方のほか、大学研究をどう起業につなげていくかについても議論された。

夏季フォーラム1日目
夏季フォーラム1日目
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アサヒグループホールディングスの小路明善会長は「物的資源がないので最先端技術立国になっていかなければ、グローバルな中での優勢は築けない」との認識を示すとともに、産業界での博士人材の積極活用を求めた。

夏季フォーラム1日目
夏季フォーラム1日目

日本生命保険の筒井義信会長は、「大学群と企業群との間で、より大きく、実践的なネットワークを結成していく必要がある」と強調し、「それをベースに共同ビジネスを起こしたり、学生や若い社員を育てていくしくみが重要だ」と指摘した。

三菱総合研究所・武田洋子執行役員が社会保障制度のあり方について講演
三菱総合研究所・武田洋子執行役員が社会保障制度のあり方について講演

給付と負担の見直しが急務となっている社会保障制度のあり方について、三菱総合研究所の武田洋子執行役員が講演したセッションでは、「残された時間は少ない」と警鐘が鳴らされるなか、アステラス製薬の安川健司会長が「国民皆保険制度が悪いのでなく、使い方の問題だ」、「小さなリスクは自助で、大きなリスクは皆で支える原則からいつのまにか外れてしまった」と指摘し、東京ガスの内田高史会長は「問題の大本は人口問題だ。移民問題も真正面から取り上げる時期では」と訴えた。

JR東日本の冨田哲郎取締役は「今の社会保障制度は人口が増えることと経済が大きくなることを前提にしてきた」として「この2つが崩れるなか、ここをどうするかがポイントではないか」と述べ、「経済を成長軌道にのせるとともに、エッセンシャルワーカーの待遇を改善することがますます重要になってきている」との認識を示した。

AI活用で競争力強化を

2日目の19日は、世界経済フォーラムのジェレミー・ジュルケンズ取締役を講師に迎えてセッションが行われたあと、参加者がグループに分かれて議論を重ね、「軽井沢宣言」と題した総括文書がとりまとめられた。

宣言では、AIなどのデジタルテクノロジーの社会実装が進み、イノベーションによる新たな価値が世界に先駆けて創出される状況を目指すべきだとして、政府と連携したスタートアップの振興などが必要だとした。

エネルギー政策をめぐっては、安価で安定した電力供給を確保するため、脱炭素電源である原子力について、政府による具体的な方針の明確化が課題だとしたうえで、原発の再稼働や新増設、リプレース(建て替え)の計画の具体化を促すとともに、高温ガス炉や核融合などの次世代革新炉の開発・実装を着実に推進すべきだと強調した。

地域経済の活性化では、人口減少や少子高齢化に対応し、広域の経済圏をつくるため、新たな道州制の導入も視野に入れた議論を求めるとしたほか、グローバルリーダーの育成に向けては、初等中等教育の段階から産業界の求める人材育成を意識した教育が行われるよう、産官学での連携を打ち出した。

NTTの澤田純会長
NTTの澤田純会長

新たなデジタル技術の社会実装をめぐる分科会の座長を務めたNTTの澤田純会長は「AIの活用にはさまざまな課題が存在する」としたうえで、「リスクを管理しAIを戦略的に最大限活用することで、日本の産業競争力を強化していくことが極めて重要だ」と指摘した。

住友商事の兵頭誠之会長
住友商事の兵頭誠之会長

エネルギーの安定供給などの分科会座長である住友商事の兵頭誠之会長は「産業と国民の生活を支えることがエネルギー戦略の目的であり、エネルギーの安定供給の確保は極めて重要な課題だ」と述べ、喫緊の課題として、脱炭素電源である原子力や再エネの最大限の活用などをあげた。

野村ホールディングスの永井浩二会長
野村ホールディングスの永井浩二会長

地域から創る日本の未来についての分科会の座長、野村ホールディングスの永井浩二会長は、「人口減少下においても新たな価値を創造できる地域・経済社会を自律的・持続的な姿に再構築していく必要がある」としたうえで、「人口が減っているなかでも、経済成長している地域が結構ある」と指摘し、「客観的分析に基づく地域特性を活かしたまちづくり」の重要性を訴えた。

DeNAの南場智子会長
DeNAの南場智子会長

グローバルリーダー育成の分科会座長を務めたDeNAの南場智子会長は、「個を尊重し、多様性をめぐってリーダーシップを発揮できる人材を育てることが必要だ」と述べ、即効性のある施策として、留学などを通じて「より大量の人に国外の姿を見せることが重要だ」と教育改革の必要性を強調した。

2040年に目指すべき姿とは

19日の会合には岸田首相が出席し、経団連の十倉雅和会長と、議長を務めた日立製作所の東原敏昭会長が軽井沢宣言を手渡した。

岸田首相に「軽井沢宣言」が手渡された(7月19日)
岸田首相に「軽井沢宣言」が手渡された(7月19日)

十倉会長は閉会後の記者会見で、「相互に影響を及ぼしあう課題について分析し、熱のこもった議論をすることができた」との認識を示し、東原議長も「いろいろな会社の仲間を集めて市民も巻き込んで、社会的な課題を解決するのが企業の使命になりつつある」と述べた。

経団連の十倉会長
経団連の十倉会長

今回の議論を受け、経団連は、高齢者数がピークを迎える2040年に目指すべき日本の経済や社会のあり方を示すビジョンを、年内にもとりまとめる。

9月には自民党総裁選があるほか、11月にはアメリカ大統領選が予定されている。貿易や金融、脱炭素をめぐるアメリカの政策は大きく変わる可能性がある。
成長と分配の好循環に向けた将来像を、経済界から、どのように打ち出すのか。経団連は、任期最終年度を迎えた十倉体制の集大成として、時代に即した課題解決のあり方の提示が求められることになる。
(フジテレビ解説副委員長 智田裕一)

智田裕一
智田裕一

金融、予算、税制…さまざまな経済事象や政策について、できるだけコンパクトに
わかりやすく伝えられればと思っています。
暮らしにかかわる「お金」の動きや制度について、FPの視点を生かした「読み解き」が
できればと考えています。
フジテレビ解説副委員長。1966年千葉県生まれ。東京大学文学部卒業。同大学新聞研究所教育部修了
フジテレビ入社後、アナウンス室、NY支局勤務、兜・日銀キャップ、財務省クラブ、財務金融キャップ、経済部長を経て、現職。
CFP(サーティファイド ファイナンシャル プランナー)1級ファイナンシャル・プランニング技能士
農水省政策評価第三者委員会委員