韓流トップ事務所のお家騒動

K-POPの象徴的スター、BTS(防弾少年団)を世界的に有名にした韓流トップの大手芸能事務所HYBE(ハイブ)と、子会社ADOR(アドア)との間で起きたお家騒動が泥沼化している。対立の主役は、BTSの生みの親とも言えるHYBEのパン・シヒョク議長とADORのミン・ヒジン代表だ。

ミン氏は、5人組の女性アイドルグループNewJeans(ニュージーンズ)を総合プロデュースしたカリスマ女性プロデューサーとして知られる。2022年にデビューしたNewJeansは、アメリカの総合ヒットチャート・ビルボードのアルバム部門で1位を獲得するなど、瞬く間に世界的な成功を収めた。2023年は紅白歌合戦にも出場し、日本でも人気が高い。BTSとNewJeansというK-POPのトップグループを世に出した2大クリエーターの激突には、世界の注目が集まる。

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事の発端は、HYBE側がミン氏に対する内部監査を進めていると明らかにしたことだ。内部監査の過程で、HYBEはミン氏が「HYBEからの独立」「NewJeansの引き抜き」を画策したと主張した。こうしたADORによる経営権奪取の試みが事実と確認された場合、ミン氏の解任を求めて告訴する構えを示していた。

一方のミン氏側は、HYBEの新人女性グループILLIT(アイリット)がNewJeansを「パクった」と批判した。これを内部告発したところ、逆に監査対象にされたと反論し、HYBEによる発表は「事実無根」と強調した。

これに対し、HYBEはミン氏による「呪術経営」の実態を暴露して対抗した。そこには、ミン氏が女性シャーマンに人事や採用について相談し、経営アドバイスを受けていた▽BTSが軍隊に行けば、ミン氏に有利になると考え、シャーマンに呪術でBTSを軍隊に送るよう頼んだ――との内容が盛り込まれた。

内部監査発表から刑事告発に至るまでの期間は、わずか4日。HYBE側は次々に、報道発表を繰り出して世論形成で主導権を握ったことから、ミン氏側は次第に苦しい立場に追い込まれた。

そもそも、ミン氏が主張する「NewJeansのパクリ」は実証が難しい。加えて、ADOR株の80%はHYBEが持つため、NewJeansはHYBEの知的財産権(IP)であり続ける。さらに、BTSやアイリットのファンからも反発を買ったことで、ミン氏は孤立無援とも言える状況に陥った。

「クソおやじども、許せない」…型破りの「感情爆発」記者会見

HYBEがミン氏らに対し、業務上背任罪で刑事告発に踏み切った25日、ミン氏は記者会見を開き、自ら反論の舞台に登場した。

会見するミン・ヒジンADOR代表
会見するミン・ヒジンADOR代表

ミン氏の立ち居振る舞いは、企業トップの記者会見の常識をことごとく覆すものだった。LAドジャースのキャップにTシャツとパンツというラフな服装で、髪はぼさぼさ、化粧もほとんどしていない。HYBE経営陣に対するうっぷんをぶちまけるうち、次第に興奮し、激高した様子で、韓国では相手に殴られても文句を言えないと言われる程の最大級の侮辱の言葉である「犬」という言葉まで使って相手を罵倒した。記者会見は、2時間15分にも及んだ。

「私が経営権奪取だのなんだの、いつから準備したって、この××ども」
「おじさんたち…、いや申し訳ないけど“犬オヤジども”が、私一人を潰そうとこうやって…」
「やるなら私と一対一で勝負しなさいよ。後ろでこそこそ××みたいな卑怯なことせずに」
「私の子供たち(NewJeans)を置いて出ていくと思うと悔しくて…」

同席した弁護士も困惑を隠せず、静止しようとする場面もあった。記者会見は、ミン氏のワンマンショーと化し、真相よりもミン氏の強烈な個性が印象付けられた。

「世紀の会見」韓国世論の意外な反応

ミン氏の記者会見は、ユーチューブの各種チャンネルで生中継され、最大数万人が生中継を見守った。その後も映像再生が繰り返され、各チャンネルごとの再生数は100万から200万台と今も増え続けている。

会見中、泣きながらHYBE経営陣へのうっぷんを訴えるミン・ヒジンADOR代表
会見中、泣きながらHYBE経営陣へのうっぷんを訴えるミン・ヒジンADOR代表

特に、記者会見の卑俗語発言をパロディーしたユーチューブ映像は300万件以上のアクセス数を記録し、1万2000件以上のコメントがつくほど注目を集めた。ミン氏が着用したLAドジャースのキャップとTシャツも、瞬時に完売し話題となった。

筆者は個人的に、ミン氏の姿勢に違和感を覚えた。感情をむき出しにし、不適切な言葉を繰り返して対立する側を罵倒する姿は、経営トップとして望ましくないと感じたからだ。NewJeansのイメージを損ねてしまうのではないかとも懸念した。

ただ、韓国世論は世代によって受け止めは異なったようだ。注目したいのは、「どのメディアを好むか」によって反応が分かれた点だ。

現地メディアによると、新聞やテレビなどの伝統メディアで情報を収集する年配世代の多くは、筆者と同様に、ミン氏の記者会見を快く思わなかった人が多かったようだ。

一方、双方向のコミュニケーションを重視するMZ世代(1980年代~2000年代初旬生まれ)の大半はユーチューブで会見を視聴し、ミン氏の発言に熱狂した。視聴者からは「親戚のおばさんと話しているようだ」「会社員として口に出せなかった言葉を言ってくれた」「女性社員の哀歓を代弁してくれた」など共感のコメントが多数寄せられた。

HYBE経営陣へのうっぷんを訴えるADORのミン・ヒジン(アドア)代表
HYBE経営陣へのうっぷんを訴えるADORのミン・ヒジン(アドア)代表

MZ世代の目にはミン氏が自身の信念とオリジナリティを守るため、巨大資本であり権威でもあるHYBEに真っ向から立ち向かう「勇気ある存在」と映ったようだ。そんなミン氏の姿を自分自身に投影し、胸のすく思いを味わったことが窺える。

MZ世代の反応を受け、SNSを中心に世論は一夜にして反転した。孤立無援の状態から一気に世論を味方につけたことから、ミン氏の会見は「世紀の会見」とも呼ばれる。

韓流トップ事務所で勃発した泥沼の対立は今後、法廷へと舞台を移すが、解決の糸口を探るのは容易ではない。対立の余波はNewJeansにとどまらず、アイリット、ル・セラフィムなど他の人気女性グループにも及んでおり、個々のアーティストたちの心理的な動揺が懸念されている。人気グループを多数擁するHYBEとミン氏の対立は、K-POP全体のイメージダウンにもつながるだけに、今後の展開から目が離せない。
【執筆:フジテレビ客員解説委員 甲南女子大学准教授 鴨下ひろみ】

鴨下ひろみ
鴨下ひろみ

「小さな声に耳を傾ける」 大きな声にかき消されがちな「小さな声」の中から、等身大の現実を少しでも伝えられたらと考えています。見方を変えたら世界も変わる、そのきっかけになれたら嬉しいです。
フジテレビ客員解説委員。甲南女子大学准教授。香港、ソウル、北京で長年にわたり取材。北朝鮮取材は10回超。顔は似ていても考え方は全く違う東アジアから、日本を見つめ直す日々です。大学では中国・朝鮮半島情勢やメディア事情などの講義に加え、「韓流」についても研究中です。