米大統領選が伯仲する中、トランプ、バイデン両候補共に有権者におもねる政策を打ち出して両陣営内に混乱を招いている。

トランプ氏 支持率低下で「パニック」!?

まず共和党のドナルド・トランプ前大統領は8日、自身のSNS「トゥルース・ソーシャル」にビデオ・メッセージを投稿し、選挙の争点になっている人工妊娠中絶問題について次のように述べた。

4月8日、人工中絶問題について声明を発表したトランプ氏
4月8日、人工中絶問題について声明を発表したトランプ氏
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「この問題についての私の見解は、誰もが望んでいる中絶が法的には可能になった今こそ(規制のあり方を)各州で投票か立法、あるいはその両方によって決定し、それがどうであれその州の法律としなければならないということです」

この発言に関係者は仰天し、ニューズウィーク誌電子版はすぐに同日次のような表題の記事を掲載した。

「ドナルド・トランプは、支持率が下がるのにパニックを起こした」

トランプ前大統領は人工妊娠中絶については否定的であると考えられていた。現実に2024年1月には、前大統領が任命した最高裁判事が中絶を合法化した1973年の「ロー対ウエード」判決を2022年に覆したことを「誇りに思う」と語っていた。

さらに前大統領は3月には妊娠15週以降の胎児の中絶を禁止する連邦法の制定を支持するとも述べ、選挙公約として中絶を全米一律で禁止すると予想されていたので、二ューズウィーク誌が前大統領が「パニック」を起こしたと報じたのもあながち大袈裟な表現ではなかった。

2月以来、支持を挽回し始めているバイデン氏
2月以来、支持を挽回し始めているバイデン氏

その「パニック」の原因だが、ニューズウィーク誌はこれまで劣勢だったバイデン大統領が2024年2月以来、支持を挽回し始めて、3月終わりにはワシントンのデータ分析企業「モーニング・コンサルト」とフロリダ州の情報コンサルタント「ビッグ・ビレッジ」の2つの世論調査が揃ってバイデン大統領の支持率がトランプ前大統領を2ポイント上回る結果を出していることを挙げている。

バイデン大統領は、2月7日に行った一般教書演説でトランプ前大統領との対決姿勢を鮮明にし、その後も目立った失言もないことからジリジリと支持率を回復しており、最新(10日発表)のロイター通信の世論調査でもバイデン大統領の支持率41%、トランプ前大統領37%で大統領のリードが拡大している。

そこでトランプ前大統領は、米国民に支持者の多い中絶問題では一律禁止の自説を封印して各州に判断を委ねることにしたと考えられる。

ちなみに世論調査会社「ギャラップ」が2023年に行った妊娠中絶をめぐる世論調査では「いかなる場合も合法」34%、「限定的に合法」51%、「いかなる場合も非合法」13%、「無回答」2%となっており、米国民の大半は基本的に合法化を認めている。

トランプ氏の方針転換には戸惑いの声も…
トランプ氏の方針転換には戸惑いの声も…

しかし、共和党は基本的に人工妊娠中絶には反対の立場をとっており、大統領選と同時に行われる上下議員、知事選などの立候補者も一律禁止や条件の厳格化を公約に掲げているものが多いために、今回のトランプ前大統領の方針転換に戸惑っているという。

「トランプ氏の発言には大いに失望した。 中絶を正当化する法案を制定しようと執拗に取り組んでいる民主党に与することになったからだ」

中絶反対の政治家を支援する非営利団体「スーザン・B・アンソニープロライフアメリカ」のマージョリー・ダンネンフェルサー会長はこう非難する声明を発表した。

“学費ローン返済免除”に民主党内からも当惑の声

大統領候補の発言に振り回されているのは共和党ばかりではない。民主党のバイデン大統領は同じ8日、大学生の学費ローンの新たな返済免除計画を発表した。学費ローンで苦労している大学生や卒業生の返済を免除するもので、バイデン大統領への支持離れが目立つ若い有権者を引き留めようという狙いは明々白々だ。

4月8日、学費ローンの新たな返済免除計画を発表
4月8日、学費ローンの新たな返済免除計画を発表

しかし、ニューヨーク・ポスト紙電子版の記事(8日)によると、免除の対象者は2300万人、免除額は4000億ドル(約60兆円)にものぼると試算され、共和党は当然として民主党内部からも当惑の声が上がっている。

「政治屋(politician)は次の選挙を考え、真の政治家(stateman)は次の世代を考える」というのは19世紀の米国の神学者ジェームズ・フリーマン・クラークの言葉だと言われるが、クラークの母国のトップを決める今回の選挙は、どうやら「政治屋の争い」になるようだ。
【執筆:ジャーナリスト 木村太郎】
【表紙デザイン:さいとうひさし】

木村太郎
木村太郎

理屈は後から考える。それは、やはり民主主義とは思惟の多様性だと思うからです。考え方はいっぱいあった方がいい。違う見方を提示する役割、それが僕がやってきたことで、まだまだ世の中には必要なことなんじゃないかとは思っています。
アメリカ合衆国カリフォルニア州バークレー出身。慶応義塾大学法学部卒業。
NHK記者を経験した後、フリージャーナリストに転身。フジテレビ系ニュース番組「ニュースJAPAN」や「FNNスーパーニュース」のコメンテーターを経て、現在は、フジテレビ系「Mr.サンデー」のコメンテーターを務める。