最高齢の「被爆体験証言者」だった父の死に接し、その思いを後世につなごうと決意を新たにした息子がいる。叶わなかった“親子二人の被爆講話”の夢。一人で立つ講話の場、そのかたわらに父の遺影が置かれていた。

被爆体験を語り継ぐ「家族伝承者」

2023年11月、最高齢の「被爆体験証言者」がこの世を去った。細川浩史さん、95歳だった。

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長男の細川洋さん(64)は、父・浩史さんが語り継いできた被爆体験を次の世代に伝える「家族伝承者」。

細川洋さん:
父はこの3年間、入退院を繰り返し、何度も死線をくぐり奇跡的な回復の連続でした。いつかこの日が来るのではないかと覚悟しながら暮らしていました

細川さんは県内の高校で約40年間、国語教師を務め、2021年3月に退職。第二の人生は父の被爆体験を語り継いでいきたい…その決意から家族伝承者の養成事業に応募した。そして、約1年の研修を経て2023年4月、家族伝承者としての委嘱を受けた。

細川洋さん:
卒業証書を渡す側だったんですけど、久しぶりに受け取る側で委嘱状を受け取りました。やっと卒業したような、始まるような、すごく爽やかな1年生の気持ちであります

遺影とともに原爆資料館で講話

広島市の原爆資料館を訪れた人に父の被爆体験を伝える活動は始まったばかりだった。

細川洋さん:
父親が元気になって一緒に世の中に出られるようになったら、親子二人の被爆講話をしたいなと思っていたんです。それが夢でもあったのですが…

その夢が実現することはなかった。

1月、父が亡くなってから最初の講話の日。声をかけてきたのは父と親交があった「ピースボランティア」の男性だった。

ピースボランティアの男性:
いつも笑顔でニコニコされてお話する人でした。わかりやすい講話でね

亡くなってから知る自分の知らない父の姿。
父・浩史さんの遺影をそばに置き、細川さんは講話を始めた。

細川洋さん:
目の前で倒れていく中学1年生たち。男子生徒たちを目の前にしながら水をあげられなかったそうです。父が元気だった3~4年前まで言っていました。「あのとき、どうせ死ぬのだから飲ませてあげればよかった」と

広島市の原爆資料館で講話をする細川さん
広島市の原爆資料館で講話をする細川さん

「想像するしかない」父の過去たどる

浩史さんは17歳のとき、爆心地から1.3キロ、勤務先の旧広島逓信局で被爆。建物疎開中だった4歳下の妹・瑤子さん(当時13)を原爆で亡くした。

そして、長年にわたり自らの体験と妹の死を語り継いできた。
生前、被爆の悲惨さを訴える浩史さんの様子がテレビ新広島の取材記録に残っている。

2018年、被爆体験を語る細川浩史さん(当時90)
2018年、被爆体験を語る細川浩史さん(当時90)

2018年、当時90歳だった浩史さんはカメラの前で自身が被爆した場所を案内。今も残る階段の手すりに手を置き、あの日を振り返った。

父・浩史さん(当時90):
血まみれの手で触って降りた。血の手形がたくさんついていたのを今も覚えています

細川さんもこの場を何度か訪れている。父親が必死で逃げた階段を目にし、手すりに触れ、当時の父の思いに寄り添った。

細川洋さん:
手をついたりしながら友達と2人で逃げたらしいです。何が起きたかわからなかったでしょうね。想像するしかないですけどもね

父が被爆した場所を訪れた細川さん
父が被爆した場所を訪れた細川さん

(Q:聞いておけばよかったことは?)
細川洋さん:
そんなことだらけですよ。父が元気なときに聞いておけばよかったとか、いろいろ一緒に歩いておけばよかったなと思います

「想像するしかない」。父のたどった道を踏みしめ、後悔の言葉を口にした。

バトン受け継ぎ「あとは任せんさい」

原爆資料館に父・浩史さんが寄贈した妹・瑤子さんの遺品が保管されている。依頼して見せてもらった。職員が丁重に取り出したのは、名札が縫い付けられた制服とゆがんだお弁当箱。
「3~4年ぶり?久しぶりのご対面じゃね」
まるで親しい人に会うように、細川さんは瑤子さんの遺品に話しかけた。

浩史さんが原爆資料館に寄贈した妹・瑤子さんの遺品
浩史さんが原爆資料館に寄贈した妹・瑤子さんの遺品

細川洋さん:
ちっちゃいよね。当時の平均身長は137センチ、体重が36キロか…。なんで命を落とさにゃいけんかったのかなと。本人たちの責任ではないところで責任を取らされるのが戦争ですから。無念や生きたかったという思いを小さい制服と小さいお弁当箱から改めて感じますね

妹・瑤子さんのお弁当箱
妹・瑤子さんのお弁当箱

被爆者だった父の死。あの日、父がたどった道を歩き「伝承者」としての覚悟を新たにした。

細川洋さん:
当時の父親の気持ちを完全にわかることはないですけれども、少しでもその時の気持ちに近づけたかな。事実を曲げてはいけませんが、それに付け加える自分なりの思いはしっかり若い人たちに伝えていきたい。それこそが、人から人へ伝えることの大きな意味だと思います。父からバトンを受け継いだ家族伝承者として、私の残る人生でそのことを第一にやっていきたい。「あとは任せんさい」そういう思いですね

いつか訪れる被爆者の死。その現実に向き合いながら、新たな「語り部」が小さく確かな一歩を踏み出した。

(テレビ新広島)

テレビ新広島
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