12日、福岡高裁で特定危険指定暴力団・工藤会のトップ野村悟被告に対する控訴審判決で、一審の死刑判決が覆された。4つの市民襲撃事件について、1つの事件で無罪と判断され、野村被告には無期懲役が言い渡された。

裁判所には傍聴希望者が殺到

4つの市民襲撃事件で殺人罪などに問われ、一審で死刑判決を受けた特定危険指定暴力団・工藤会のトップ野村悟被告(77)。12日、福岡高裁で言い渡されたのは、一審判決を覆すものだった。

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福岡高裁は「一審の死刑判決を破棄し、無期懲役に処する」とし、一審判決の一部が破棄された。

福岡高裁は、4つの市民襲撃事件のうち、1つの殺人事件について無罪とし、野村被告に無期懲役を言い渡した。

午前9時、野村・田上両被告を乗せたとみられる車が福岡拘置所を後にした。

厳戒態勢が敷かれた12日朝の福岡市内。開廷まであと1時間余り、注目の判決とあり、雨の中でも傍聴券を求めて多くの人が裁判所に詰めかけていた。

工藤会トップへの控訴審判決とあり、裁判所には傍聴希望者が殺到。一般傍聴席44席に対し、希望者293人が集まり、抽選倍率は約6.6倍となった。

ここまで注目されるのは、一連の事件が一般市民を標的にした前代未聞の事件だからだ。

4つの事件で殺人などの罪に問われているのは、工藤会トップで総裁の野村悟被告とナンバー2で会長の田上不美夫被告の2人。2人が関わったとされるのは、1998年の元漁協組合長射殺事件。2013年の看護師襲撃事件など4つの市民襲撃事件だ。

2021年8月、一審の福岡地裁は二人の関与を裏付ける直接的な証拠がないまま、野村被告を4つの事件の首謀者と判断。野村被告に死刑、田上被告に無期懲役を言い渡した。

死刑を言い渡された野村被告は法廷を去る際、こんな捨てゼリフを残した。

野村悟被告「公正な裁判をお願いしたのに、全然公正やないね。こんな裁判があるか!生涯このこと後悔するよ!」

無罪を主張する野村被告と田上被告は控訴し、新たに人権派の安田好弘弁護士を主任弁護人に迎え、控訴審に臨んだ。

安田弁護士はこれまで、オウム真理教元教祖の松本智津夫元死刑囚や和歌山カレー事件の林真須美死刑囚など、死刑が争われた凶悪事件の弁護を数多く担当。実際、死刑判決が覆り無期懲役となった裁判もあり、「死刑弁護人」の異名でも知られている。今回の控訴審で弁護側は、田上被告による一部襲撃事件での指示を一審から一転して認めた一方、野村被告については改めて無罪を主張した。

田上被告は一審の全面無罪主張を変更した理由について、こう説明した。

田上不美夫被告「何で総裁が共犯になるのかと思いました。総裁まで巻き込んで本当に申し訳ない気持ちです」

これに対し、検察側は「控訴審での証言は信用できない」として、控訴棄却を求めていた。

そして迎えた12日の控訴審判決は、一審判決の一部が破棄され、野村被告に無期懲役が言い渡された。田中被告の控訴は棄却した。12日判決公判では一審の死刑判決の決め手となった、元漁協組合長射殺事件について「共謀を認定した一審判決は、論理則・経験則に照らし是認できない」として、野村被告を無罪と判断し、野村被告に無期懲役の判決を言い渡した。

日本中の裁判官を敵に回す

「工藤会」トップの注目の判決、異例の死刑判決が二審で覆る結果になった。ここからは平松秀敏解説委員がお伝えする。

12日の控訴審判決で、工藤会の総裁、野村悟被告には、一審の死刑判決を棄却し「無期懲役」が、ナンバー2の田上不美夫被告には一審と同じ「無期懲役」の判決が言い渡された。

ポイントは死刑判決が取り消されて、無期懲役の判決に変更された。要は、判決が「軽くなった」ということで驚いた。しかも軽くなった理由が、一部無罪と認定されて無期懲役になった点。

なぜなら、工藤会のトップ・野村悟は、かつて、日本中の裁判官を敵に回した男だから。

敵に回したとはどういうことなのだろうか。

実は、野村被告は2021年一審の福岡地裁で死刑を言い渡された後、法廷で裁判官に向かって、こんな暴言を吐いていたのだ。

「公正な裁判をお願いしたのに、全然公正やないね。全部、推認、推認、推認…。こんな裁判があるか!生涯、このこと後悔するよ」

裁判官に対して、脅しともとれる暴言を吐いていて心証は悪くなる。敵意をむき出しにする行為は印象が悪くなる。

野村被告と田上被告が問われている罪は4つある。

1998年2月、元漁協組合長が射殺された事件。2012年4月、暴力団捜査を担当していた元警部が銃撃された事件、2013年1月看護師刺傷事件、2014年5月歯科医師刺傷事件など、いずれも「一般市民が襲撃された」という点が特徴で、この4つの事件で、殺人などの罪に問われている。

そもそも野村被告が一審で「死刑判決」となった理由はどういうものだったのだろうか。

この4つの事件では、野村被告らが、実行犯に対して「射殺しろ」「襲撃しろ」などと指示したという直接的な証拠はなかった。

しかし、一審の福岡地裁は、たくさん状況証拠を積み上げた上で、「工藤会のような、厳格に統制された組織では、組員が勝手に銃撃事件など起こすことはない」と指摘。だから、「当然、野村被告らの指示があったと推認される」とのロジックで、4つの事件ともに、野村被告と田上被告の関与を認定し、野村被告に死刑を、田上被告に無期懲役を言い渡した。

要は、工藤会という組織では、トップの野村被告の指示がないと動かない、そういう組織であるということ。なのでこれは異例の判決だった。

一審の判決後、野村被告と田上被告は控訴した。その控訴審では、被告の主張にある変化もあった。

一審では、野村被告と田上被告、それぞれが4つの事件への関与を否定した。ところが、控訴審では一転し、田上被告が看護師刺傷事件と歯科医師刺傷事件の2つの事件について「独断で指示した」と主張を変えて関与を認めたのだ。

田上被告は控訴審で、「否認すれば無罪主張が通ると思っていた。総裁まで巻き込んで、本当に申し訳ない気持ちです」と話していた。

田上被告の野村被告を守るためとも思えるこの主張の変更が12日の野村被告の無期懲役に影響したのだろうか。

しかし、2つの事件では有罪となっているため、影響していないと思われる。

立証に「時間の壁」

では なぜ無期懲役になったのだろうか。

この4つの事件のうち、元漁協組合長射殺事件について、福岡高裁は「論理則、経験則に照らして」野村被告の関与は認められないとして「無罪」と判断した。

他の3つの事件については、野村被告の関与を認めた。だから無期懲役だった。この「論理的、経験則に照らして」というのは、「常識的に考えて」、野村被告の関与は認められないということだ。

では、一審が認めた「野村被告の指示なしに事件は起こせない」という点については、福岡高裁はどういう判断をしたのだろうか。

この事件だけ、昔の事件。約25年前の事件で、関与を立証するのが難しかったのではないか。「時間の壁」があったのではないかと思われる。

判決では、「1998年当時の工藤連合系田中組の意思決定のあり方は不明」だと言及されている。

実は、この事件が起きた時には、まだ「工藤会」は存在しなかったのだ。

野村被告は、工藤会の前身に当たる工藤連合系の組長で、その組織が、どうやって意思決定がなされたのか分からない。どういう組織なのか分からないのに、他の3事件と同じように、野村被告の指示を認められないということだろう。

野村被告はこの判決を頷きながら聞いていたということで、死刑を免れて安堵しているのではないかと思われる。
(「イット!」 3月12日放送より)

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