イスラエルは「内なる矛盾」を抱えて、自ら崩壊する道を辿る運命なのだろうか。

10月7日は「暗黒時代の始まり」なのか

米国の外交問題の専門誌「フォーリン・アフェアーズ」電子版2月7日に、次のような衝撃的な見出しの記事が掲載された。

「イスラエルの自己崩壊(self-destruction)、ネタニヤフ、パレスチナ人、そして無視の代償」

筆者はイスラエルの著名なジャーナリストで、権威紙「ハアレツ」の編集長アルフ・ベン氏だ。

記事はまず、イスラエルが建国して間もない1956年4月、ガザ地区に近いキブツ(集団農場)で21歳の青年がパレスチナ人に殺害された折に葬儀に出席した「隻眼の将軍」モーシェ・ダヤン参謀総長が次のように述べたことを紹介する。

「殺人犯のせいにしないようにしよう。彼ら(パレスチナ人)は8年間ガザの難民キャンプに閉じ込められ、彼らの目の前で私たちは、彼らと彼らの父親が住んでいた土地や村を私たちの土地に変えてきたのだ」

第1次中東戦争でイスラエルの勝利に大きく貢献したダヤン将軍も、パレスチナ人たちの憎悪に囲まれていてはイスラエルは存続できないと知っていたので、彼らをいたずらに刺激しないよう警告したのだという。

パレスチナ自治区ガザからイスラエルにロケット攻撃(2023年10月7日)
パレスチナ自治区ガザからイスラエルにロケット攻撃(2023年10月7日)
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しかしダヤンの警告は守られず、2023年10月7日のハマスの襲撃でパレスチナ人の報復は実現した。これに対してイスラエルのベンジャミン・ネタニヤフ首相は、ただ「ハマスを破壊する」と軍事力を投入するだけで、戦後のガザのあり方について何ら明確な計画もない。しかもイスラエルはネタニヤフ首相の政策をめぐって国内的に分裂している最中だった。

「これまでの兆候は、イスラエル人が互いに戦い続け、パレスチナの占領を無期限に維持するということだ。10月7日はイスラエルの歴史の中で、ますます増大する暴力を特徴とする暗黒時代の始まりになる可能性がある」

食糧を求めるパレスチナ人ら(ガザ地区南部ラファ・2024年2月13日)
食糧を求めるパレスチナ人ら(ガザ地区南部ラファ・2024年2月13日)

ベン氏はこう分析し、「イスラエル人がパレスチナ人への配慮を怠り、彼らの願望、彼らの物語、さらには彼らの存在を無視し続けるならば、安定を期待することはできない」と結論づける。

つまり、イスラエルは地域で強大な国家になりすぎたために、内部矛盾を抱えて自己崩壊するとベン氏は指摘するのだが、イスラエルの「自己崩壊」を警告したのはベン氏だけではない。

イスラエル“75年危機説”

歴史的に見ても、イスラエルは国家として成熟するころに分裂したり、外敵の侵略を受けて「崩壊」する運命にあり、それも自治国家確立から75年ごろが危険だという説が、イスラエルの建国75年を迎えた2023年春頃から唱えられ始めていた。

中でも、米国の改革派ユダヤ教会衆「コングリゲーション・ベス・アム」のサラ・ワイスマン副祭司が2023年4月28日に行った「75歳のイスラエル」という説教がネット上で注目された。

ワイスマン副祭司は、75年前にダビド・ベン=グリオン(後の初代首相)が読み上げた独立宣言の内、次の部分がいまだに達成されていないとする。

「宗教、人種、性別に関係なく、すべての住民に社会的・政治的権利の完全な平等を保障し、宗教、良心、言語、教育、文化の自由を保障し、すべての宗教の聖地を保護し、国際連合憲章の原則に忠実であること」

ガザ境界を移動するイスラエル軍の戦車(2024年1月27日)
ガザ境界を移動するイスラエル軍の戦車(2024年1月27日)

しかし、こうした建国者たちの夢は実現せず、イスラエルは前例のない分裂と動乱の真っ只中にあり、多くのイスラエル人はその存在が深刻に脅かされているのではないかと心配している中で、75年というタイミングを迎えることをワイスマン副祭司は指摘する。

近代以前にユダヤ人の主権国家が存在したのは紀元前11世紀末のダビデ王国とエルサレムの第一神殿、次に紀元前140年のハスモン朝がユダヤの独立を回復した時とあるが、いずれも建国75年目に近づくにつれ内部抗争などで崩壊し始める。

統一イスラエルに対するダビデ王朝の支配は、ユダヤとイスラエルの2つの競合する王国に分裂して事実上終わった。ハスモン王国は、前1世紀のユダヤの支配者であったアレキサンダーとシュロムツィオンの息子たちの内紛によって崩壊し始めた。(ワイスマン副祭司の説教より)

イスラエルの独立国家としての存立は危うくなっているとワイスマン副祭司は指摘するが、これはまだハマスとの戦いが始まる以前のことなのだ。以後、イスラエルでは折に触れ、その「自己破壊」が警告されていた。

「イスラエル、自己破壊のボタンを押す」

2023年8月31日の「ハアレツ」紙電子版の論評記事見出しだ。

ネタニヤフ政権は“国家破壊のボタンを押した”のか?
ネタニヤフ政権は“国家破壊のボタンを押した”のか?

筆者は米国在住のイスラエル人作家ヨッシ・クレイン・ハレビィ氏で、ネタニヤフ政権が司法の権力を削ぐ改革案を強行採決したのは、イスラエル国家を破壊するボタンを押したも同然だと言うのだ。

いずれもイスラエルでは「進歩派」と称される人たちの意見なのだが、その「75年危機説」が歴史的に証明されるのであれば無視するわけにもいかない。

イスラエルという国が、その発展と共に内部に抱える矛盾も拡大し「崩壊」する運命にあるのであれば、中東情勢を見極める上で、これまでとは全く異なった視点が求められることになりそうだ。
【執筆:ジャーナリスト 木村太郎】
【表紙デザイン:さいとうひさし】

木村太郎
木村太郎

理屈は後から考える。それは、やはり民主主義とは思惟の多様性だと思うからです。考え方はいっぱいあった方がいい。違う見方を提示する役割、それが僕がやってきたことで、まだまだ世の中には必要なことなんじゃないかとは思っています。
アメリカ合衆国カリフォルニア州バークレー出身。慶応義塾大学法学部卒業。
NHK記者を経験した後、フリージャーナリストに転身。フジテレビ系ニュース番組「ニュースJAPAN」や「FNNスーパーニュース」のコメンテーターを経て、現在は、フジテレビ系「Mr.サンデー」のコメンテーターを務める。