ダム放流…下流の“遊水地”には約20万人が居住

中国の長江流域を中心に続く豪雨による洪水被害。影響はその他地域の河川にも広がっている。長江、黄河の間に位置する中国7大河の一つ・淮河(わいが)でも、水位が急速に上昇し、安徽省にある王家ダムでは7月17日夜に警戒水位を上回った後、さらに水位は上がり続け、地元当局は立て続けに警報を発表。20日未明には保証水位(ダムや堤防の設計上、安全が保てる上限の水位)も越え、上昇が止まらないことから、20日朝にはついに13年ぶりに水門を開け、下流の遊水地への放流を実施した。

安徽省にある王家ダム
安徽省にある王家ダム
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この遊水地は約180.4平方キロメートル、山手線の内側2.6個分ほどの広さがあるが、なんとこの遊水地の中には4つの村があり、約20万人が暮らしているのだ。このうち大多数は、遊水地内の高台に住んでいるが、水没の恐れがある地域の住民2000人余りに対し、地元当局は19日午後7時ごろ、「20日午前3時までに避難せよ」と命令を出した。住民に出された突然のお達しということもあって、ネットに上がった映像には、人々が慌てて身の回りの家財用品を車に詰め込んで移動する様子や、家畜とともに避難する人々の様子が映っている。

避難のため家財道具を運び出す村の住民
避難のため家財道具を運び出す村の住民
数時間後に水没する我が家を後にする地元住民
数時間後に水没する我が家を後にする地元住民
家畜と一緒に避難する人も
家畜と一緒に避難する人も

村は水没…増加水面積は”琵琶湖の4割”

放流が始まった王家ダム
放流が始まった王家ダム

20日午前8時半ごろ王家ダムの放流が始まると、水は激しい勢いで下流に流れ込み、中国メディアによると24時間後には遊水地内の大部分の農地や道路は水に沈み、水没した村の水深は3メートルほどまでに達していた。大多数の住民が住む高台も水に囲まれ、孤立状態となった。

放流によって村は水没
放流によって村は水没
7月15日の衛星写真
7月15日の衛星写真
7月20日の衛星写真 明らかに水の面積が増えている
7月20日の衛星写真 明らかに水の面積が増えている

衛星写真を見ると王家ダムのすぐ下流付近のエリアで水が増えたのが一目瞭然だ。中国中央テレビによると、7月15日の時点では水の面積が249.1平方キロメートルだったのが7月20日には510.6平方キロメートルまで増えた。

赤色の部分が水の面積が拡大したエリアで、およそ261.5平方キロメートル。琵琶湖の4割ほどの面積が5日間で一気に増えたことになる。

わずか5日に間で琵琶湖の4割程度に当たる水面積が増えた
わずか5日に間で琵琶湖の4割程度に当たる水面積が増えた

中国中央テレビは、高台に取り残され孤立状態にある住民に取材し、「事前に通知を受け物資を準備したので、食べ物や飲み物には困っていない」「放流は生活に一定の影響は与えるが、みんなの心理状態は良い方だ」などと、住民らが放流について理解を示しているような声を伝えている。

さらに中央テレビは、避難を余儀なくされた遊水地の住民について、「大局を念頭に置き、みんなのために家を捨てた」などと英雄視するようなトーンで報道している。また、孤立状態の高台住民についても「彼らは決して孤独ではありません。なぜなら彼らの背後には国家があるからです」などと、“愛国モード”で関連のニュースを伝えている。放流によって家や生活の糧を失った人たちの不満を抑えようという狙いがあるとみられる。

“苦肉の策”で堤防破壊…三峡ダム水位は依然最高水準

放流によって、王家ダムの水位は徐々に下がり始め、地元当局は丸3日以上経った7月23日午後1時に放流を停止する命令を出した。23日正午現在、水位は依然警戒水位を0.79メートル上回っていたものの、放流開始前に比べ、水位は1メートル以上下がった。遊水地に放流した分、王家ダムより上流の洪水リスクが減少したことになる。

安徽省では、別の河川でも水位を下げるための苦肉の策として19日、堤防が爆破された。長江の支流・滁河(じょが)でも水位が急上昇し、下流の大都市の被害を防ぐため、堤防2か所を爆破し、大半が農耕地で住民がほとんどいないエリアに水を流し込むことで水位を下げたのだ。各地で相次ぐ洪水にこうした非常手段をとらざるを得ないケースも出てきている。

別の河川では堤防爆破という非常手段が取られた
別の河川では堤防爆破という非常手段が取られた

世界最大級の三峡ダムは、6月末から断続的に放水が続けられているが、大雨は続き、依然最高水位に近い状態が続いている。ネットには心配する声もみられるが、中国共産党系の環球時報は、「権威人士(権威ある人)」として、ダムを管理する三峡集団の責任者のインタビューを掲載し、「現在、三峡ダムは安全かつ良好な状態で運用されている。いわゆる「変形」やその他リスクは発生していない」「1.2万あまりの計測器が設置されており、安全モニタリングを行っている」などとして「崩壊の危険」などの噂については「デマ」だと切り捨てた。

洪水は既に長江流域を中心に広範囲にわたっており、大雨は今後も断続的に続く見通しだ。更なる被害拡大が懸念されている。

"三峡ダム危機説”を管理責任者は「デマ」と一蹴
"三峡ダム危機説”を管理責任者は「デマ」と一蹴

【執筆:FNN北京支局長 高橋宏朋】

高橋宏朋
高橋宏朋

フジテレビ政治部デスク。大学卒業後、山一証券に入社。米国債ディーラーになるも入社1年目で経営破綻。フジテレビ入社後は、社会部記者、政治部記者、ニュースJAPANプログラムディレクター、FNN北京支局長などを経て現職。