イスラエルはハマスとの戦いで情報面で圧倒されているために、AI生成のフェイクニュースも活用する”禁じ手”を使って対抗することにしたようだ。
「オンラインで影響力を行使する技術システム」
イスラエルの有力紙「ハアレツ」電子版16日は、多数の情報筋の話として、イスラエルがハマスとのデジタル戦場での”明らかな敗北”に対処するために、オンラインで影響力を行使する技術システムを購入したと伝えた。
Israel has responded to its "clear loss" to Hamas on the digital battlefield by making its first-ever purchase of a technological system capable of conducting mass online influence campaigns, according to numerous sources with knowledge of the matterhttps://t.co/G9HRq0NOon
— Haaretz.com (@haaretzcom) January 16, 2024
記事は、そのシステムの名称や実態まで明らかにしていないが、文中に次のような一節がとってつけたように附記されている。
「昨年ハアレツなどが行った、偽情報に関わる調査Story Killersは、『チーム・ホルへ』の大規模なオンライン影響力システムの一部を明らかにした。それは、イスラエルの組織が偽情報と選挙への干渉を私的な顧客に提供していたもので、オンラインによる影響力をキャンペーンに用いる未公開のソフトウェアも含まれていた」
「チーム・ホルへ」とは、イスラエルの秘密組織で、オンラインの影響力を駆使して世界各地の選挙を操作していることで知られる。その手法は、関係者のSNSをハッキングして不利な情報を盗んで広めたり、AI生成のフェイクニュースを発信して世論を操作し、アフリカなどの30近い選挙結果を変えてきたといわれる。
ある意味で非合法なシステムと考えられるが、イスラエルがそれまで活用せざるを得なくなったとすれば、対ハマス情報戦でいかに追い込まれているかを物語るものだろう。
追い込まれたイスラエル「チーム・ホルへ」で対抗
イスラエルは、今回のガザ侵攻作戦で軍事的には圧倒的な力を発揮してほぼ全域を制圧しているが、その一方で作戦のあり方などをめぐって世論の反発を招き、国際的に孤立状態にも追い込まれている。
当初ハマスの奇襲攻撃に衝撃を受けたイスラエルが「ハマスを根絶やしにする」と総力を上げてガザに侵攻したこともあるが、ハマスはそれに情報戦で対抗して「イスラエル軍によるパレスチナ人の無差別な迫害」という構図を示すことに成功した。

ハマスの情報戦の部隊は、アメリカ製のウェアラブルカメラ「GoPro」で装備したボランティア・ジャーナリスト達とハマスが支配する「ガザ保健省」、それにハマスと連携したパレスチナの通信社Gaza Nowからなり、ボランティアが最前線で撮影したビデオとガザ保健省が発表したデータをGaza NowがSNSで拡散させる。
その典型例が、2023年10月17日、ガザ市のアル・アハリ・アラブ病院で起きた爆発をめぐる情報の歪曲だ。事件後、イスラエルのロケットが爆発したとする映像がハマス側から公表され、ガザ保健省は「イスラエルの空爆で471人が犠牲になった」と発表し、Gaza Nowが配信した。これを中東の衛星テレビ局アルジャジーラなどが伝えると、中東だけでなく欧米でも抗議のデモが広がった。

一方、イスラエル軍の報道官は、ハマスと共闘する武装組織「イスラム聖戦」のロケット弾の誤射が原因と発表し、それを裏付けるハマス戦闘員の通話記録も公表したが、一度広がったイスラエル糾弾の波を覆すことができず、後日英BBC放送が現地調査でイスラエルの主張を裏付けた時はほとんど注目されなかった。
こうした戦場での情報戦に加えて、イランなどにハマスを支援する非合法のネット組織があり、現地の情報を誇張したり、フェイクニュースに仕立てて、SNSで拡散させている。これに対してイスラエルは「毒をもって毒を制す」と「チーム・ホルへ」で対抗することを決断したようだ。
作戦の具体的な展開は当然「極秘」事項のようで不明だが、「ハアレツ」の記事が引用したStory Killersの調査は「チーム・ホルへ」が多数の「世論工作アバター(仮想キャラクター)」と、AIが生成するフェイクニュースを駆使してキャンペーン報道をする」と解析している。つまり、さまざまな仮想キャラクターが、AIが生み出した偽情報を複合的に拡散させて、世論を捻じ曲げてゆくのだろう。
「ハアレツ」によれば、イスラエル当局はすでにこのシステムを使った情報戦を展開しているとのことで、これからはイスラエル絡みの情報は念には念を入れて裏をとってゆく必要がありそうだ。
【執筆:ジャーナリスト 木村太郎】
【表紙デザイン:さいとうひさし】