自衛隊員の救助映像になぜ涙が出るのか

2024年は大変な幕開けとなった。元日に犠牲者が200人を超えた能登半島地震が発生。翌2日にはその救援に向かう海上保安庁の飛行機が羽田で日航機と激突炎上し、海保職員5人が死亡した。

地震では身元がまだわからない人もおり、11日時点で2万人を超える人たちが避難所生活を送っている。今後も国を挙げて被災地支援をしなければならない。

支援物資を背負い、孤立集落に向かう自衛隊員
支援物資を背負い、孤立集落に向かう自衛隊員
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自衛隊員が30キロも40キロもある救援物資を背嚢(リュック)に入れて背負い、孤立集落の救援のためにすごい岩山をグングン登っていく映像をテレビやネットで何度も見て、そのたびに感動した。涙が出ることもあった。

なぜ涙が出るのか考えてみたのだが、おそらく赤の他人のために危険を冒して懸命に働く人の姿を見ているからなのだろう。

すごい岩山をグングン登っていく映像を見て感動した
すごい岩山をグングン登っていく映像を見て感動した

今回は自衛隊がこうした映像を積極的に出している印象がある。奥ゆかしいのは日本人の美徳かもしれないが、やはりこういうPRは大事だ。現場の隊員が頑張っている姿を「背広組」はもっとアピールすべきだし、防衛省の政務三役経験者などはなぜもっと自分のSNSなどで発信しないのか。

絶叫女子アナと芸人やす子の戒め

お正月に起きた2つの大きな災害と事故で我々は様々な教訓を得た。地震では木造住宅密集(木密)地域における大規模火災のリスクが改めて浮き彫りになった。東京、大阪などの大都市でも木密地域は大きな問題であり、早急に取り組まねばならない。

また大津波警報発出時におけるNHK女性アナウンサーの「絶叫」は、その瞬間テレビを見ていた筆者は怖くてびっくりしたが、被災地でラジオを聴きながら車で逃げていた人たちにとっては「命を救う」放送だったと思う。

元自衛隊のお笑い芸人「やす子」さんが「自衛隊は自己完結している。燃料、食べるところ、住むところも自分たちで持っていく」と述べて、一般人が安易に現地に向かうことを戒めたのも良かった。

2023年の岸田内閣支持率(FNN世論調査より)
2023年の岸田内閣支持率(FNN世論調査より)

災害や事故で得た教訓を未来に生かすために政治は何をすべきか。だが昨年、岸田内閣の支持率が複合的な要因で下がったうえに、自民党派閥の政治資金パーティーをめぐる事件が起き、政治に対する信頼は地に落ちている。

「岸田さんは3月の予算が上がるまでで終わり」などとの声も上がり、首相交代は時間の問題と見られていたが、それどころではなくなったのではないか。震災の復興、新たな地震への備え、羽田空港の管制の強化など政治がやるべきことは山積しているからだ。

政治資金規正法の改正や派閥のあり方なども決めるのも相当厄介な仕事だ。自民党は今トップを代える余裕はないと思う。

2024年は政治が「弱い」年

自民党総裁任期は9月末、そして来年は衆院の任期10月末、参院が7月末である。岸田文雄首相は総裁選には出られず、新首相で衆参の選挙を戦うと見られていたが、ポスト岸田の名乗りは上がらず、このままでは総裁再選も視野に入るのではないか。今年の日本政治は「次」がなかなか決まらない不安定な状況が続く。

ポスト岸田の名乗りは上がらず…
ポスト岸田の名乗りは上がらず…

世界を見ると、まず台湾総統選が13日に行われる。与党民進党の頼清徳氏がリードし、野党国民党の候有誼氏が追う展開だが、中国がどう絡んでくるかなど、今年の世界の波乱要因の一つだ。

波乱要因といえば最大のものは11月に行われる米大統領選挙だろう。トランプが勝てば世界は再び混乱するだろうし、81歳のバイデンが勝っても4年後は85歳で職務を全うできるのか甚だ不安だ。つまりどちらが勝っても「ただではすまない」感がある。

安倍元首相はトランプ氏とうまく付き合ったが…
安倍元首相はトランプ氏とうまく付き合ったが…

何より心配なのはトランプ復活の場合に岸田氏は安倍晋三元首相のようにうまく「あしらえる」のか、ということだ。安倍氏はトランプとうまく付き合ったが、トランプも最初のうちは「在日米軍は撤退」など無茶苦茶ことを言っていた。今度も何を言ってくるかわからない。岸田氏以外でもトランプを「あしらえる」政治家が日本にいるのだろうか。

欧州では移民の受け入れ過剰により治安や財政の悪化が深刻な問題になり、極右政権が誕生したり、与党の支持率が下がるという現象が起きている。2024年の世界は特に民主主義国家において「政治の弱さ」が目立つ年になるのではないか。
【執筆:フジテレビ上席解説委員 平井文夫】

平井文夫
平井文夫

言わねばならぬことを言う。神は細部に宿る。
フジテレビ報道局上席解説委員。1959年長崎市生まれ。82年フジテレビ入社。ワシントン特派員、編集長、政治部長、専任局長、「新報道2001」キャスター等を経て現職。