中国・甘粛省で発生した地震は死者が140人を超えた。家屋の倒壊は20万棟以上、住む家を失った被災者は極寒の中、テント生活など厳しい日々を強いられている。

被災者は今も厳しい生活を強いられている
被災者は今も厳しい生活を強いられている
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かつてこうした災害が起きた際、中国は温家宝氏、李克強氏などの首相が現場を視察する姿が国内メディアで大きく報じられた。しかし、今回李強首相の姿は現地になかった。同じ頃、李強氏は北京でロシアのミシュスチン首相と会談していた。現地を訪問したのは格下にあたる張国清副首相だ。以前の慣例が実施されなくなった背景には当然、最高指導者の存在があるのだろう。

習主席以外は“目立つな”

ポイントは2つあると思われる。

ひとつは李強氏が指導部を代表して被災者を見舞い、国民に寄り添う機会は作られなかったということだ。経済都市・上海市のトップを務めた李強氏は当初、その政策手腕に注目が集まり、習近平国家主席との近い関係も指摘されていた。

習主席と李強首相。親しげな様子がうかがえる。
習主席と李強首相。親しげな様子がうかがえる。

だが「親しいから厳しいことも言える」ではなく、「親しいから何も言えない」と見る向きが多い。中国経済の回復がままならない中、政権内で李強氏が存在感を示す場面はこれまでほぼなかったと言ってもいいだろう。

12月18日未明に甘粛省で発生した地震は、多くの被害をもたらした
12月18日未明に甘粛省で発生した地震は、多くの被害をもたらした

そして、地震による国民の困難に対処する場面にも李強氏は出てこなかった。これはトップの習近平国家主席以外は“前に出てはいけない”、“目立ってはいけない”という暗黙のルールがあるように見える。

李克強前首相の葬儀では厳重な警備体制が敷かれた
李克強前首相の葬儀では厳重な警備体制が敷かれた

かつて被災地の視察を行い、国民に親しまれてきた李克強前首相が死去した際、追悼ムードが広がらないよう各所で厳重な警備が敷かれたことも無縁ではないだろう。そこには「習主席一強」を堅持、誇示する指導部の徹底した方針が透けて見える。

ある中国筋によると李強氏の行動や発言の扱いはかつての首相と比べて、格段に低くなっているという。

最優先は“国家の安定”

もうひとつは、政治と国民の優先順位だ。習主席や李強氏が相次いで会談したロシアは、中国にとってはアメリカに対抗するための“味方”であり、ウクライナ侵攻後も折に触れて関係を維持してきた相手だ。中国が、ロシア首相との会談を通じて、自らの陣営固めを着実に進めようとする思惑が見て取れる。

習主席、李強首相らは相次いでロシア首相と会談(12月20日)
習主席、李強首相らは相次いでロシア首相と会談(12月20日)

三期目に入った習近平体制は「国家の安全、安定が全てに優先することになった」(日中外交筋)というように、経済や国民生活ではなく、国家体制の維持、つまりは習近平体制の維持が何より大事なことになったと言っても良い。政治と国民が不可分な日本と違い、中国はもとより政治と国民が乖離しているが、地震の一方で行われた中露会談は、国民よりも政治が優先される現体制を象徴するような出来事でもある。

組織の硬直化と責任回避の高まり

こうした災害の現場でも海外の記者は警戒の対象となる。

当局からすれば、自分の管轄内で悪い話が広まると責任を問われるため、秩序の維持などを名目に事実上の取材妨害をしてくることが多い。それはどの地域でも共通で、案内という名の監視や尾行など、その行動は細かにチェックされる。

こうした災害の取材でも、海外の記者は警戒される
こうした災害の取材でも、海外の記者は警戒される

中国での取材は、こうした当局に気をつけなければいけない敏感さと、いちいち気にしていたら何も出来ないという開き直りのような感覚も必要だと感じる。国が違えば治めるシステムも、優先順位が違うことも理解は出来るが、何を説明しても通じない頑なな当局の態度には怒りを通り越して疲れや徒労感を覚える。

自らの責任回避にきゅうきゅうとする当局に、いまの日本の政治家の姿を重ねてしまうのは過ぎた考えだろうか。

習主席は香港行政長官と会談、その活動を評価した。香港の行く末は…(12月18日)
習主席は香港行政長官と会談、その活動を評価した。香港の行く末は…(12月18日)

習主席一強体制は迅速な政策決定による社会の変革と、都市部の豊かな生活などをもたらしたが、一方で地方や下部組織の過剰な忖度と、それによる組織の硬直化により拍車をかけたように見える。

技術の発展に伴う便利な生活はけっこうなことだが、社会がより内向きになると中国自身も損をすることになる。海外留学などを経験した、少なくない中国人は自国の特異さに気づいているが、その社会構造が変わる気配はいまのところない。

「国益の確保」「したたかな外交」というのは日本の至上命題でもあるが、特にこのような中国を相手にしたとき、その難しさは格段に増しているように思われる。
(FNN北京支局長 山崎文博)

山崎文博
山崎文博

FNN北京支局長 1993年フジテレビジョン入社。95年から報道局社会部司法クラブ・運輸省クラブ、97年から政治部官邸クラブ・平河クラブを経て、2008年から北京支局。2013年帰国して政治部外務省クラブ、政治部デスクを担当。2021年1月より二度目の北京支局。入社から28年、記者一筋。小学3年時からラグビーを始め、今もラグビーをこよなく愛し、ラグビー談義になるとしばしば我を忘れることも。