差が拡大、順位転落、日本のスタートアップの厳しい現状
「スタートアップ数は日米で120倍の差、アジアランキングも4位に転落。」危機感をつのらせた東京都は、革新的なアイデアで社会にイノベーションをもたらす企業=スタートアップを増やすため「Global Innovation with STARTUPS」を策定した。ユニコーン数10倍、起業数10倍、行政とスタートアップの協働プロジェクト10倍を目指している。

都はすでに様々な補助金などスタートアップ支援を進めているが、“テコ入れ”のため昨年11月下旬には有楽町駅前に「Tokyo Innovation Base」をプレオープンしている。スタートアップ等による挑戦を後押ししてくれる仲間や支援者、先輩起業家など様々なプレイヤーとつながることができ、イベントや支援プログラムなどを展開していく場所にする考えだ。
スタートアップは「つながり」が大事
「スタートアップは『つながり』がすごく大事。大きな挑戦をするには1人ではなしえない。スタートアップにしか出来ないことと、私たちには出来ないことがある。」あるスタートアップの代表はこう話し、「つながり」を強調した。その「つながり」をどうつくるのか、小池知事はプレオープンの3カ月ほど前にフィンランドの首都ヘルシンキにあるスタートアップの聖地を訪れていた。
作った会社が9000億円で売れた
「11月下旬から12月にかけて開こうかと思うんだけど、アメリカの祭日と重なっちゃうから…」
高くよく響く声、倍速の英語でまくしたてる姿はパーティ日程を決めるような軽ささえある。東京都の小池知事がヘルシンキで面会したのはフィンランド発・世界最大級のスタートアップイベント「スラッシュ」のCEOだ。

スラッシュは2011年に5人の起業家の卵たちが立ち上げたスタートアップイベントだ。そのスラッシュからは、世界的に成功したフードデリバリーサービス「WOLT(ウォルト)」が生まれた。都内でも「WOLT」と書かれた明るい水色のリュック姿を見かけたことがある人も多いのではないか。そのWOLTは2021年11月には80億ドル、当時のレートにして約9000億円で売れている。スラッシュのCEOにWOLTの売却額について感想を求めたところ「いまはWOLTが一番(売却額が)高いけれど、もっと高いのがでるわ」と、こともなげに言い放った。
“世界最大級”のマッチングは25分話して5分で交代
なぜスラッシュから世界的スタートアップが生まれるのか。スラッシュのCEOは「いろんなバックグラウンドの人が集まっていることに重要性がある」と前置きしたうえで「集まるべき人が誰なのか明らかにすることが重要で、求めている人同士が会えるようにする」とマッチングの重要性を強調した。

具体的には、事前に投資家やスタートアップをプロファイル(分析)してフィルタリング(選別)する。そして300のテーブルを用意し「25分会合して5分間で入れ替え」を繰り返すという。これによりスラッシュはスタートアップと投資家を2日間で1万6000回マッチングさせており、これはつねにおよそ1000のマッチングが同時進行していることになるという。小池知事はスラッシュのCEOの説明を聞きながら「面白いわね」と目を細めてつぶやいた。
閉鎖病院から生まれるスタートアップ
さらに、ヘルシンキには欧州最大級のスタートアップコミュニティ「Maria 01」がある。ここは閉鎖された病院を改装後2016年にオープンし、18歳から60歳(平均年齢33歳)が集い、所属しているスタートアップは170以上だという。開設から7年で最大1億6900万ユーロ、累計7億1500万ユーロの投資が集まっているということでMaria 01のCEOが「ヘルシンキのスタートアップは成長が早い」と胸を張ったのもうなずける。

そして、Maria 01にはレストラン、ブランコ、ビリヤード、ボードゲームなどのほか、今後サウナを設置するというが、全く華美ではなく素朴な雰囲気であった。Maria 01のスタッフは「遊ぶときはフィンランドではなく他の国に行く。ここはこのぐらい(素朴)がちょうどいい」と話す。これもスタートアップ向きの「つながり」創出の工夫なのかもしれない。

ビジネス環境だけでない 危機感、教育の重要性
ヘルシンキでスタートアップが育つ理由を、北欧最大級の日系ベンチャーキャピタル「Nordic Ninja」(ノルディック忍者)のマネージングパートナー新國信一氏にきくと、まず「フィンランドは投資や企業設立の法律の透明性が高くリスクが少ない」としてビジネス環境の良さをあげた。また、フィンランドの人口は約550万人と日本の20分の1程度であり、フィンランド人は「小国だからこそグローバルエコノミーの中で存在感を出さないといけない」という強い危機感を常に抱いていることも大きいという。

そして、フィンランドの教育は幼児期から創造性や問題解決能力を育てるためカリキュラムに工夫がされており、英語力の高さもあいまって「スタートアップ向き」とも。その結果、スタートアップ拠点・Maria 01の周りには、政府系ファンド、民間ファンドなど数多くの投資家が集まる「つながり」ができている。新國氏はスタートアップへの投資についてあえて「妄想」という言葉を使いこう語った。「賭けるに値する妄想が実現可能になるよう語ることができる創業者に出会い投資するのが、ベンチャーキャピタルとして未来を創る一端を担う醍醐味の一つである」
倒産急増…スタートアップで反転攻勢なるか
年末年始の都内は外国人観光客があふれ、表向き活気を取り戻しているかのように見える。しかし、東京商工リサーチによると、物価高や人手不足による人件費上昇から2023年の首都圏の倒産件数は消費税増税と人手不足の影響で倒産が急増した2019年を超える可能性も高まっているという。この状況下でスタートアップを経済回復・成長の起爆剤とできるのか、注目していきたいと思う。
(フジテレビ社会部・都庁担当 小川美那)