中東シリアの名物に「ダマスク織」の織物がある。花や果物など独特のデザインが特徴の、絹やリンネルなどの織物で、中世以来のイスラム圏の織物のルーツとも言われる。シルクロードの要衝だったシリアの首都ダマスカスで取引されたのに由来して名付けられた。今でもテーブルクロスとして珍重されている。

私もシリアを訪れた際には土産に何枚か買って帰ることにしているが、大変なのが買い物の作法なのだ。

“アラブ式交渉術”とは

ダマスカスの中心にある市場「ハミディヤ・スーク」に行くと、曲がりくねった路地の奥に「ダマスク織」専門店が軒を並べる一角がある。

「アハラン・ワサハラン(ようこそ)」

商品を品定めしていると愛想良く迎え入れられる。この後は英語で大丈夫。

「これいくら?」
「100ポンド(シリア・ポンド)です」

まずは2倍ぐらいの値段をふっかけてくる。

「高い、高い。せいぜい50ポンドだな」
「ダンナ、店でも最高級のテーブルクロスですぜ。90でどうです」
「この間友人がここでサービスをしてもらったと言っていたから、ボクにもサービスしてよ」

そんな友達がいたわけではないが、かけひきをしてみる。

「ああそうですか。ではお友達値段で80」
「60なら即金で買うよ」

ここで店主はコーヒーを出してきて、いかに景気が悪いか世間話になる。

「もう赤字でもいいです。75にします」

ここが勝負どころだ。

「日本人だから騙せると思っているなら間違いだ。帰る」

こう言って店を出ると、店主が追いかけてくる。

「わかりました。大奮発します」

店に戻ると、また「ああだ、こうだ」とかけひきがあって、結局65ポンドあたりに落ち着くのだが、その間30分余り。毎回神経がすり減る思いだ。

この話を思い出したのはいうまでもない。21日、サウジアラビアのジッダで行われたサッカーのW杯アジア2次予選、日本対シリアのゲームがテレビで生放送できなかったことだ。

法外な要求は断固拒否

試合の放映権はシリアのサッカー協会が持っており、代理店を通じて日本側と交渉してきた。交渉の詳細は明らかではないが、報道によるとシリア側は、はじめに1億円超を要求。格下のシリア戦で深夜帯でもあることから日本側が拒否して交渉は難航し、ゲーム2日前になってシリア側は減額を提示したものの、日本側は放送日程が確定していたので受けるテレビ会社もなく、異例の中継なしということになった。

この交渉経過、テーブルクロスの買い物と同じではなかったか。シリア側が2日前に減額を言い出したのは、店を出た客を追いかけた店主によく似ている。だが、サッカーの客は翻意せず店に戻らなかった。つまり“アラブ式交渉術”が日本に通じなかったということだ。

というよりは、これで「日本は脅せばいくらでも出す」という認識を改めさせたことになったわけだろう。

アジア2次予選はこれから北朝鮮、ミャンマーとアウェー戦が続くが、法外な放送権料の要求は断固拒否すべきだし、ファンも「何が何でも中継放送を見せろ」と言って日本サッカー協会の交渉の足を引っ張らないようにすべきだろう。

【執筆:ジャーナリスト 木村太郎】
【表紙デザイン:さいとうひさし】

木村太郎
木村太郎

理屈は後から考える。それは、やはり民主主義とは思惟の多様性だと思うからです。考え方はいっぱいあった方がいい。違う見方を提示する役割、それが僕がやってきたことで、まだまだ世の中には必要なことなんじゃないかとは思っています。
アメリカ合衆国カリフォルニア州バークレー出身。慶応義塾大学法学部卒業。
NHK記者を経験した後、フリージャーナリストに転身。フジテレビ系ニュース番組「ニュースJAPAN」や「FNNスーパーニュース」のコメンテーターを経て、現在は、フジテレビ系「Mr.サンデー」のコメンテーターを務める。