静岡県熱海市を襲った土石流の「警戒区域」が解除され、91歳の男性が819日ぶりに妻と自宅に戻り笑顔を見せた。ただ復旧の遅れもあり、被災地への帰還希望者は124世帯のうち41世帯と、3割に留まる。「昔の故郷が戻るのは、いつになるのかわからない」と、男性はつぶやいた。

山津波が盛り上がって…自宅は半壊

引っ越しをする小松昭一さん(2023年9月29日)
引っ越しをする小松昭一さん(2023年9月29日)
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2023年9月29日、熱海市伊豆山の警戒区域にあった住宅で引っ越しが行われた。この日から生まれ育った自宅で2年ぶりに生活を始めたのは、小松昭一(91)さんだ。

土石流で被災した小松昭一さん宅(2021年7月)
土石流で被災した小松昭一さん宅(2021年7月)

自宅は土石流で柱や外壁が損傷し「半壊」と判定された。当時の様子を小松さんは「外に出たら上から山津波ですよ。ダーと盛り上がってきて、もう家のすぐそこまで来た」と振り返る。隣の家が土石流に押された影響で、小松さんの家も柱や外壁が損傷した。

土石流が流れ下った熱海市伊豆山地区(2021年7月)
土石流が流れ下った熱海市伊豆山地区(2021年7月)

2021年7月3日 熱海市伊豆山地区を襲った土石流は28人の命を奪い、小松さん宅など建物136棟が被害を受けた。土石流が流れ下った川の起点に違法に施された盛り土が、被害を大きくしたと指摘されている。遺族や被災者は、盛り土をした土地の旧・現所有者に加え、「違法な盛り土を規制できなかった」として静岡県と熱海市を相手取り、損害賠償を求める裁判を起こしている。遺族や被災者の多くが「人災」と思っている。

警戒区域は2023年9月1日解除
警戒区域は2023年9月1日解除

土石流が流れ下った一帯は、崩落せずに残った盛り土が再び崩れるおそれがあるとして「警戒区域」に指定され立入禁止となった。そして残土の撤去が完了し、川に新たな砂防ダムも整備され、災害から2年余り経った2023年9月1日に「警戒区域」は解除された。

819日ぶり「帰って来られて幸せ」

修繕を終えた小松さん宅
修繕を終えた小松さん宅

小松さんは被災直後から自宅に戻ることを希望してきた。「先祖が残した家と墓がある。私は長男だから守っていかねばならない。伊豆山の土地に愛着もあるし、どうしても住まなければならない理由がある」と、もとの場所での生活再建を強く希望する理由を話していた。

小松昭一さん
小松昭一さん

市営住宅での避難生活を終え、2023年9月 自宅に戻った。自宅に戻れたのは発災から819日ぶりだ。

「まがりなりにも、家に帰ってこられたことは幸せですよ。まだ下の方の家は帰って来られないからね、家も建ってないし。だから自分だけ手放しに喜ぶわけにはいかないしね、でも自分個人としてはうれしいですね」


小松さんはまだ帰還できない人たちのことを思いやり、控えめに喜ぶ。

2年不在で壁や家電がカビだらけ

2年不在でカビだらけに
2年不在でカビだらけに

引っ越しの3日前、小松さん夫婦は自宅の掃除に追われていた。2年以上、留守にした自宅の壁や家電製品はカビだらけになっていたからだ。夫婦で懸命に拭き掃除をしたが、冷蔵庫と洗濯機は買い替えなければならなかった。

洗濯機は買い替えた
洗濯機は買い替えた

念願の引っ越し当日、次々と荷物が運び込まれていく。台所回りは妻・藤子さんが担当だ。真新しい洗濯機に「今まで使っていたものより大きくて音も静か」と喜ぶ。

引っ越し初日の昼食は野菜炒め
引っ越し初日の昼食は野菜炒め

引っ越し初日の昼ごはんは野菜炒め。藤子さんが手際よく調理した。2年前の生活がようやく戻ってきた。しばらく片付けに追われる毎日だが、故郷に戻れた幸せを実感していた。

小松さんと妻・藤子さん
小松さんと妻・藤子さん

小松さんにとっては、長年住んで育った場所だ。周りはどう変わろうと、自分の家が残ったことは「心強い」という。

「ここでゆっくりと暮らしたい。子供の時から飛び跳ねて遊んだ所ですからね」

警戒区域だった地区
警戒区域だった地区

熱海市によると、警戒区域だった地域での生活再建を希望する41世帯のうち、自宅に戻ったのは2023年9月末までにわずか6世帯にとどまっている。電気や水道などが復旧していない地域が多いためで、市は12月1日までに復旧させる予定だ。
また二転三転した、宅地の復旧費用の9割を補助する制度についてもようやく受付を開始したが、土石流が流れ下った川の改修や新設予定の道路用地の買収は4割にとどまり、復旧の遅れが心配される。

復旧が遅れ帰還希望者は3割に減少

復旧・復興が遅くなればなるほど、被災地での生活再建が難しくなる傾向があるようだ。熱海市が警戒区域に自宅があり避難生活を続けてきた124世帯に対して行った、生活再建の意向調査が興味深い。
2022年6月~8月の調査では、約半数にのぼる60世帯が現地での再建を希望していて、警戒区域外での再建を希望するのは51世帯、未定は13世帯だった。しかし2023年9月の調査では、現地での再建の希望者が約3割となる41世帯まで減少し、区域外での再建の希望者は63世帯に、未定は20世帯に増えている。
被災地での生活再建をめざす人が減った理由として、「川の改修や道路の新設などの復興が進んでいない」「避難者の高齢化」「買い物や通院など交通の便が悪い」などが指摘されている。

自宅から近隣を望む小松さん
自宅から近隣を望む小松さん

先祖から受け継いだ土地に戻った小松さんも言う。「帰って来た喜びもさることながら、ほかの皆さんのこと、これからのことを考えると、昔の故郷が戻るのはいつになるのか、わかならいよね」と。
土石流で一変した故郷。戻る人、離れた人、さまざまな思いが交錯する被災地。迅速な復旧・復興へ、行政の丁寧な説明が求められる。

(テレビ静岡)

テレビ静岡
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