繰り返される高齢ドライバーによる暴走事故。
1度事故を起こした車が再び急加速し、そのまま別の事故を起こすことも少なくない。

こうした「再加速後の2度目の事故」はなぜ起きてしまうのか。
臨床心理士で明星大学心理学部の藤井靖教授に、高齢ドライバー特有の傾向について聞いた。

馴染みの行動を繰り返す「動因理論」

ーー高齢者による事故の特徴は?

高齢者が事故を起こした場合、ブレーキを踏まずに再度アクセルを踏んで次の事故を起こしてしまうことがよくあります。

心理学では「動因理論」と言いますが、人はパニックになると身についている“馴染みの行動”を取りやすくなります。

明星大学心理学部・藤井靖教授
明星大学心理学部・藤井靖教授
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つまり、1回事故を起こしてプレッシャーや強いストレス、不安や緊張を感じた時、一番多くとっている行動をまたとってしまうのです。

車の運転の場合、馴染みの行動というのは、やはり“アクセルを踏ん”で前に進むことです。
よって動因理論では、1回事故を起こしてパニックを感じると、もう一度アクセルを無意識に踏んでさらなる事故を引き起こしてしまうのです。

街路樹に突っ込む車
街路樹に突っ込む車

ーー「動因理論​」は高齢者に多い?

高齢者に多いです。

我々は常に脳で客観的な判断をして、感情を統制しつつ取るべき行動を判断することが必要です。

しかし高齢になると、いわゆる「メタ認知能力」といって、自分が今どういう状況に置かれているのかということを客観的に把握する能力が落ちてきます。

事故車から降りてきた90代の高齢ドライバー
事故車から降りてきた90代の高齢ドライバー

それに加えて、感情というのは、脳の中の「扁桃体」という部位が活発になりますが、それを制御するのが額の辺りにある「前頭葉」です。

前頭葉の機能は、疲れていたり、加齢によって低下することが知られています。
「メタ認知能力」の低下によって、感情の統制が加齢とともに難しくなり、客観的に自分の置かれている状況を判断することが困難になると、余計に動因理論の影響を受けやすくなり、普段一番取り慣れている行動を取ってしまうのです。

これが運転の場合だと、“アクセルを踏む”ことに繋がります。

「エイジングパラドックス」も要因に

加齢により客観的な判断能力が低下する一方、経験値による“自尊心”は反対に増す高齢ドライバー。

この「エイジングパラドックス」と呼ばれる現象も事故の背景にあると藤井教授は指摘する。

何度も衝突を繰り返した車
何度も衝突を繰り返した車

ーー若い人は動因理論の影響が少ない?

少ないです。
若年層の場合、仮にパニックになったとしても、感情を抑える力や客観的に状況を把握するメタ認知能力が高いので、取るべき行動をしっかり論理的に考えられます。

高齢者にとってもう1つの問題は、高齢になればなるほど知識や経験が重なり、自分の体や行動に対するコントロールが上がっているように本人は認識します。

それはいわゆる「有能感」とか「自尊心」みたいなものが高い状態ですが、一方で、運動能力や空間認識能力は下がっています。

暴走を続ける車
暴走を続ける車

これを「エイジングパラドックス」と言いますが、認知能力が低下する一方で、自分自身に対する認識はどんどん向上していくというギャップです。

それが、疲れていたり、身体の調子が悪くても運転したり、スピードを出し過ぎてしまうことにつながって、ミスをしやすくなり事故を起こしてしまう。
そして「まずい」となった時に、今自分がとった行動とは違う行動に置き換えることが難しくなり、最初にとっていた行動をそのまま繰り返して行ってしまうのです。

(イメージ)
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ーー「有能感」は自分に対する自信?

そうです。自分は何でもできちゃうと思うことです。

高齢になると知識や経験を積み重ねている状態ですから、有能感は一般的に上がりやすいです。
そうすると何でも自分の物差しで判断し、行動して、それが正しいというふうに考えがちになります。

なので、事故を起こした時も一貫した行動をとってしまう。
アクセルを踏んで前に進むという一貫した行動を続けてしまい、その結果、複数回の事故を引き起こす可能性があります。

事故を起こした場合の「イメージリハーサル」

では、高齢ドライバーの動因理論を抑制し、意識を“ブレーキ”に切り替える方法はあるのか。

藤井教授は、事前のシミュレーションが助けになるかもしれないと話す。

アクセルから足を放すよう促す人
アクセルから足を放すよう促す人

ーー事故を起こした後、ブレーキを踏めるようにする方法は?

1つできるのは「イメージリハーサル」、事前のシミュレーションです。

事故を起こしてしまった時は予想外の出来事なので、事前に「もし事故を起こしたらどうするか」をシミュレーションして対策をとっておけるといいと思います。

(イメージ)
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具体的には、事故を起こしてしまったら、「アクセルを踏んでいる右足を膝から曲げる」みたいな感じで、自分の中でシミュレーションして準備をしておきます。

それをいつも考えておくことで、実際に事故が起こった時にその行動が少し取りやすくなることがあると思います。

運転に限界設定をする「補償運転」

一方、高齢ドライバーによる事故を減らすにはどうしたら良いのか。

まずは高齢者自身が自分の運転技術の特徴や危険性について理解し、納得することが一番大事だと藤井教授は語る。

(イメージ)
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ーー高齢者の事故を減らす改善点は?

高齢者自身が自分の運転の危険性について改めて考え、見直すことだと思います。

周りの人や家族が心配して説得しようとすると、なかなかうまくいかないことが多くて、高齢者自身が納得することが大事です。

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例えば、ドライブレコーダーで自分の運転や車内の様子を録画して家族で一緒に見てみるとか、家族が同乗して気付いたことを伝えてあげるなど、高齢者の運転を他者の目からはどう見えるのかを確認する必要があります。

自分自身で運転や危険性について理解して、納得感を持って自分の運転に限界設定をする「補償運転」に切り替えるのも良いと思います。

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夜は危険だから昼だけにしようとか、雨の日は視界が悪いから晴れの日だけにする。長い距離はやめて近所のスーパーや病院だけにするといった「補償運転」にすれば、事故率は低くなっていくと思います。

ーー自分が納得することが大事?

家族が説得しようとしてもうまくいかないので、自分自身で納得して、自分の運転を改めたり、見つめ直すことが大事で、そうするために何をすればいいかを考える必要があります。

(イメージ)
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人は誰しも、自分自身で自分の行動を振り返ることは必ずしもできるわけではなく、高齢者のように運転歴があって、知識や経験があれば、尚更のことです。

ですから、家族や友人など信頼できる誰かの力を借りて、自分の運転について人からの評価で考えてみることがスタートになると考えます。