兵庫・神戸市にある子育て支援施設「PORTO(ポルト)」は、子どものプレイスペースと大人がくつろげる空間が半々になった、新しいタイプの子育て支援施設だ。施設にはWi-Fiなども備わっていて、仕事や勉強などの場所として利用できるほか、夜にはバーとして営業することもある。代表を務めるシングルマザーの佳山奈央さん(31)は、自身の経験から「誰一人取り残さない」社会の実現に向けて、親子の居場所作りを続けている。

“大人のための空間”を併設

「PORTO」に入って一番に目にとまったのは、子どもが遊ぶプレイスペースと同じくらいの広さで、大人がくつろぐことのできる空間が設けられていることだ。

子育て支援施設「PORTO」
子育て支援施設「PORTO」
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施設には飲食物を持ち込むことができ、Wi-Fiや電源も使えるため、保育士と遊ぶ子どものそばで、仕事をする父親や資格取得のために勉強する母親の姿もみられるという。青を基調にした落ち着いた空間は、母親だけでなく父親も利用しやすいようにという配慮からだ。また、昼間は保育士が常駐しているため、一時保育としても利用できる。

夜はお酒が飲める“バー営業”の日もある
夜はお酒が飲める“バー営業”の日もある

夜は週に数日、バーとしても営業している。取材した日、バーでは、忙しい子育て世帯にレトルト食品を有効に使ってもらおうと、地元の食品メーカーと企画したイベントが開かれていた。

レトルト食品をアレンジした料理は参加者からの評判も上々
レトルト食品をアレンジした料理は参加者からの評判も上々

お酒の“あて“にもなる料理は、レトルトのカレーやスープを使って味付けするなど、レトルト食品をアレンジしたものだ。参加者からは「レトルトはちょっと罪悪感もあるけど、これが出てきたら、本当に“レトルト様様”」「居酒屋だと遊ぶ場所がないので子どもに携帯を見せるしかないが、ここは遊ぶ場所があるので親もゆっくりできる」といった声が聞かれた。実際に、料理とお酒などを楽しみながら子どもの姿を見守る親の姿が見られた。

親も自分らしく…「親子の世界を広げる場所」に

代表の佳山奈央さん(31)は、12歳の息子を育てるシングルマザーだ。このような施設を作ろうと思ったきっかけについて、自身の生い立ちが関係していると話す。

「PORTO」代表の佳山奈央さん(31)
「PORTO」代表の佳山奈央さん(31)

佳山さんは4人姉妹の長女。双子の妹は生まれつき障害がある。母親はシングルマザーで4人を育て、子どもながらに母親のしんどそうな姿が記憶に残っていたという。佳山さんは大学2年生(当時19歳)の時に未婚のまま長男を出産。出産を決意した時、子どもに「あなたを若くして産んだから色々できなかったよ」ではなく、「あなたをあの時産んだから、私の人生すごく色々広がったし楽しくなったよ」と言えるようにしようと心に決めたという。

こうした自身の経験などから、佳山さんは子どもだけでなく親も自分らしくいられる“サードプレイス”(=第3の居場所)を作りたいと考えた。コロナ禍の2020年12月にオープンして以降、現在までに約5000世帯が利用登録している。

佳山さんは「子育て中に自分のための何かをすることに罪悪感を感じられる方がすごく多い。『いや、いいんだよ』と。むしろ、自分が心身穏やかに、子育てに、子どもに向き合えることの方が大事」と話す。

初めて利用した人からは「保育士さんがいらっしゃるので安心」「大人も息抜きできる場所は本当に貴重」といった声があがる。また、子どもが2歳(※現在5歳)の頃からPORTOを利用している母親は、「(子どもも大人も)対等に遊べるので、『子どものために』とか『ママ』じゃなくていい場所。自分のためにも子どものためにも大切な場所」と話す。

誰にも育児の相談ができない「“孤”育て」などが社会問題化する中、佳山さんはPORTOが「親子の世界を広げる場所」になればと考えている。佳山さんは「『子育て中は自己犠牲をするのが当然』ではなくて、『自分の大事にしたいことも大事にしながら、子育てできるよ』ということを発信していきたい」と語った。「誰一人取り残さない」社会の実現に向けて、佳山さんはこれからも人生を楽しむ親子の居場所作りを続ける。

切実な「親の視点」をサービスに結びつける

「自分のやりたいことを大事にしながら子育てしたって良いんだよ」。取材をしていると、こうしたメッセージが、施設のつくりや提供しているサービスなどいたるところで感じられた。

子どもを見守りながら大人がくつろげるカフェスペース
子どもを見守りながら大人がくつろげるカフェスペース

ほどよい距離で子どもを見守りながらカフェで一息つくことができたり、働いているスタッフの多くが保育士や幼稚園教諭の資格を持っているため、気軽に育児相談をすることも可能だ。また、近くにある不妊治療専門病院と提携し、通院している間に割引価格で一時預かりが利用できるサービスも行っている。上の子どもの預け先がなく、2人目、3人目を希望していても受診が難しいと感じている人たちのニーズに応えたものだ。こうした切実な「親の視点」を、利用者との交流などから吸い上げてサービスに結びつけているところも、多くの子育て世帯の共感を呼んでいる理由なのだろう。

取材中、コロナ禍に2人の子どもを育てる中で、「この場所に助けられた」と話す外国人の母親に出会った。また、自分の子どもを連れて出勤し、午前中だけPORTOで働く保育士の姿もみられた。このように、利用者だけでなく働く人も多様なバックグラウンドを持っていることから、誰もが受け入れられる雰囲気が作られているのだと感じた。

佳山さんは、今後、こうした場所をもっと広げていきたいと思う一方で、課題もあるという。現在は、民間で運営しているため、どうしても利用料が発生する(1時間あたり900円から)。また、神戸市に1カ所にしかないため、利用できる人に限りがあるのも悩みだ。どうしたらより多くの人に「子育てしながらも自分のことを大事に」というコンセプトと体験を届けられるかを模索している最中だというが、「まずは理念に共感してくれる企業などと提携するなどして、様々な取り組みをしていきたい」と力強く抱負を語った。

孤立を深める親や子どもが社会問題化し、出生率も過去最低を記録する中、親子共に安心できる場や、社会全体で子どもや子育て中の家庭を応援していくような支援が求められている。「大丈夫だよ、いいんだよ」という佳山さんの言葉が、子育て中の記者自身の心にもとても響いた。

(フジテレビ社会部 松川沙紀)

松川沙紀
松川沙紀

フジテレビ社会部・省庁キャップ こども家庭庁担当