リニア新幹線工事による南アルプスの生態系への影響について話し合う国交省の有識者会議が報告書案をまとめた。しかし工事現場がある静岡市の難波市長は「大きな問題がある。これでは県とJR東海の合意形成は厳しい」と批判した。国交省の技術官僚出身の市長が、古巣に辛辣な一言だ。
国 有識者会議の報告書案に静岡県は難色

南アルプスを貫くリニア中央新幹線静岡工区をめぐる国の有識者会議は、静岡県とJR東海の議論が膠着状態だったため、仲介に入った国土交通省の提案によって設置された。主な議題は“大井川の水への影響”と、“生物への影響”だ。このうち水はすでに報告書が示されていて、今回は生物=動植物への影響に関する報告書案が示された。大学教授など8人の委員が13回の会議を重ねてきた。

2023年9月26日の会議で示された報告書案では、トンネルの掘削前に基礎的なデータを収集し工事前の自然環境を把握することを前提に、「論点ごとに影響の予測・分析・評価、保全措置、モニタリングのそれぞれの措置を的確に行い、それぞれの結果を各措置にフィードバックし必要な見直しを行う、いわゆる『順応的管理』で対応することにより、トンネル掘削に伴う環境への影響を最小化することが適切」とした。さらに「(沢の)管理流量等の範囲を逸脱するような事象が発生した場合は、早期にその兆候をつかみ、工事の進め方を見直すことが必要」と提言した。

この報告書案について静岡県は、「沢の流量変化のシミュレーションが不十分」などとして、早期の報告書とりまとめに難色を示した。
静岡県くらし環境部・山田琢也 部長代理:
課題を積み残したままで(報告書案の)「案」が取れることはないと考えています。県も引き続き、しっかり意見を言っていきたい
静岡市長の “わかりやすいリニア授業”
この国交省 有識者会議の報告書案について、リニアの工事現場がある静岡市の難波喬司市長が、9月27日の定例記者会見で意見を述べた。

難波市長は元国交省の技術官僚で、静岡市長になる前は静岡県副知事として川勝知事のもとでリニア問題を担当していた。リニア問題に詳しく、これまでも「ボーリング調査で地下水が県外に流出する」とする静岡県の懸念に対し、大根と竹串を使って自身の考えを記者に説明した。

27日の記者会見では、報告書に対する考えを述べる前に、「トンネル掘削でどういう現象が起きて何が問題なのか、どうして議論に長い時間がかかるのか市民に理解してほしい」と報告書案の理解に役立つ内容を、有識者会議の資料をもとに記者に説明した。しばらく難波市長の“リニア授業”を紹介する。

まず難波市長は、静岡市の最北端にある南アルプスが「貴重な高山植物の宝庫であり、特別天然記念物ライチョウの生息地の世界の南限で、市内の他の場所とは違う環境影響評価が必要」と強調した。

次に「“水資源への影響”より、“生物多様性への影響”の方が対処が困難だ」と指摘した。市長によると、水資源への影響は、大井川の総流量に問題がないようにトンネル工事で出る湧水を全量 大井川水系に戻してやれば解決する。全量を戻せば影響の回避が可能だという。

これに対し、生物多様性への影響は、個々の沢などの水分量の変化を把握したうえで、その変化に対してどうするかという2段階での評価が必要になる。さらに生物多様性への影響は努力しても回避できないので、低減努力が必要になる。「水とは問題の複雑さが違う、困難な問題だ」と主張した。

またトンネル工事で沢の水量に影響がでるメカニズムを地層の断面図を使って説明した。
リニアが通る静岡県と山梨県の県境付近には水を通しやすい断層破砕帯があるとされる。
トンネルを掘削すると、この断層破砕帯から湧水がトンネル内に流れ出て南アルプスの地下水位が低下する。最大で300mも地下水位が下がるところもあるそうだ。断層破砕帯は遠くから水を引っ張るため影響が大きいという。

こうしてトンネル工事により地下水位が下がると、沢の水量にどんな変化がでるのかも図で示した。有識者会議で示された資料に静岡市が加筆したものだ。濃い青色がトンネル工事をした場合の地下水位で、茶色の地表面より低下すると沢が枯れることが予想される。

さらにこの地下水位の低下を考慮に入れながら、高山植物は地下水位が下がると枯れてしまうのか、それとも地下水位に関係なく地表の土壌の水分量が保たれ生育できるのか判断する必要があるという。
「大きな問題あり 合意形成は厳しい」

こうした“予習”をしたうえで、難波市長は報告案に対する感想を述べた。
難波市長は報告書案がポイントにあげた「順応的管理」、現場で工事をやって何が起きるかモニタリングしながら、問題があれば対応を変えていく考え方には理解を示した。
ただ、報告書案には「施工開始前に(影響の)回避・低減措置をすることが十分に書かれていない」という。
難波市長は「報告書案では回避・低減措置は施工開始後にやるとなっている。沢の流量が減る予測をした後、施工開始前に回避・低減措置をやると書かれていない。実際にやってみて影響が出たら回避・低減措置をするとなっている。これが大きな問題だ」と、報告書案の問題点を指摘した。

そのうえで、「静岡市の考えは、トンネル工事の施工前に影響の回避・低減措置をしっかりやったうえで工事に入るべきだ」と述べた。
また、「この回避・低減措置について報告書案では何も書かれておらず、それを県と市とJR東海の検討に任せるとなると、(県・市・JR東海の)合意形成は厳しいと想像する」と付け加えた。
難波市長は10月開催の市のリニア事業影響評価協議会で市の見解をまとめ、国交省に意見書を提出する考えだ。
「一緒にシミュレーション」知事に感謝

ところで難波市長は、JR東海が工事発生土の置き場に予定している大井川上流の燕沢の環境影響評価について、県の対応に注文をつけていた。
静岡県はJR東海に対し、土砂置き場周辺の斜面が同時多発的に崩れた場合に下流の水位などにどんな影響があるかシミュレーションするよう求めている。

これに対し難波市長は「大規模な土石流が発生した場合の影響のシミュレーションをJR東海に求めるのであれば、まず河川管理者の県が土砂置き場がない場合の影響をシミュレーションし、それと比較してJR東海に対策を求めるべきだ」と主張していた。

この意見に対し川勝知事は9月22日の定例記者会見で「もっともな発言だ。静岡市と一緒にシミュレーションをしていきたい」と提案した。

この知事の提案について質問されると、難波市長は「知事が柔軟に対応してくれて感謝したい。どういう検討が必要か私は案を持っているが、その案を市の協議会で議論して県に提案したい。(同時多発的な土石流の)シミュレーションをやるかどうかについても議論が必要だと思っている」と話した。

リニア新幹線を所管する国交省の元技術官僚で、川勝知事のもとで2期8年 リニア担当の副知事を務めた静岡市の難波市長。静岡県が県内の工事を認めない状況が続く中、その存在感は徐々に増しているように見える。
(テレビ静岡)