米国の人種問題の特殊性

米国政治において、中産階級の価値観、あるいはキリスト教の価値観を代表すると主張することはタブーではない。だが、白人の価値観を代表するということには、危うさが漂っている。90年代以降の共和党は、この点を匂わせるような方向に舵を切り、人種問題は、米国政治における原罪としていまだに陰に陽に影響を持ち続けている。

独立戦争期から現在に至るまで、米国の正史として書かれて伝わってきたものには、白人の目線から見た奴隷解放や民主主義の歴史が書かれているが、これはもちろん黒人目線で体験された歴史とは異なる。

南北戦争では総力戦の近代戦ということもあり圧倒的な悲惨な犠牲を伴いながらも、奴隷制を違憲とする憲法修正を可決させるためにはさらに巧妙な政治的工夫が必要とされた。南北戦争に続く100年間において、奴隷制は明示的な法律の中にこそ存在しなかったものの、あらゆる法律の中に入り込むことで人種差別を基調とした経済社会生活を米国中に根付かせていったのである。いわゆるジム=クロウ法の誕生だ。

もちろん、この傾向は人口に占める黒人の割合が高い南部において顕著であったが、北部や新しく開拓されつつあった西部においても同様だった。米国が、新規の移民に土地を分け与え西へ西へと拡大しつつあった19世紀の全般を通じて、そのような経済的機会は白人に対してのみ与えられていたのである。

二度にわたる世界大戦を通じ、黒人兵は大量に動員されながら本国では十分な地位を得られないままの存在だった。黒人の指導者の中には「権利を血であがなう」という明示的な発想に立って、積極的に(黒人たちから見て大した意義を感じない)戦争に参画することを呼び掛けた者もいた。

黒人による不服申し立てが1960年代に政治運動として結実したのが公民権運動だった。公民権運動では教会やキング牧師の指導力が注目されることが多いが、実を結んだ背景には、黒人退役兵たちが武装して投票所などに行くかよわい黒人たちを防衛し、白人の州兵や人びとに対抗しえたことがあった。公民権獲得にあたって、黒人の一人一人の意思の力が実を結んだことも確かだが、それが現実の「武力」や黒人の従軍経験によって支えられなければ危うかったことも確かなのである。

首都ワシントンの国立公園に建てられたキング牧師記念碑
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当初、公民権運動の大義に多少は同情的という程度であった民主党のケネディ/ジョンソン両政権は、大衆運動の盛り上がりに合わせて妥協的にその大義を認めていった。当時の保守的な南部諸州の議員たちは、「公民権運動によって民主党は南部を失うだろう」と予言したのだが、文字通り米国政治史の今日における現実となっていることが窺える。

共和党への支持が白人有権者に偏り、過去7度の大統領選挙において6回は民主党候補に投票数では苦杯をなめながら、南部及び西部諸州の白人票を固めることで共和党は勝利をものにしてきたのだから。

トランプ支持と人種問題

黒人初の大統領となったオバマ前大統領

21世紀に初の黒人のオバマ大統領を誕生させ、人種問題から大きく一歩前進したかのように思えた米国が再びその罠にはまったように見えるのがトランプ政権の誕生であった。もちろん、トランプ政権の誕生を人種問題のみへと矮小化すべきではない。

その背景には、グローバル化の進展によって先進国の中産階級が相対的に没落傾向にあったこと、その中で「中道の経済政策を保守的なレトリック」で語る候補者に支持が集まったという点を見逃すべきではない。中道の経済政策の部分に着目すれば、共和党の変質を語ることができる。保守的なレトリックに着目すれば、共和党が人種問題を核とする米国のあるべき姿を定義している事実を語ることができる。その双方がなければ、トランプ政権の誕生はなかったということである。

人口動態が急速に変化しつつある米国にあって、白人の優位は掘り崩されつつある。優位性を失いつつあるという感覚が、グローバル化の諸力によって起きている変化と結びつき、ある時には反移民感情として、またある時は白人優位主義者が自らを白人ナショナリズムと呼ぶような感情となって表出している(ここら辺は、渡辺靖『白人ナショナリズム』中公新書をぜひ参照されたい)。もちろん、人種問題に触発された負のエネルギーと紐づけられた政治的動員力について、共和党側は否定するだろう。

しかし、そういう時こそ、力強いのが選挙における投票データの存在である。下記にあげる数値は、米国で最も信頼されている調査機関の一つであるPew Research Centerが、2016年秋に調査した数値であり、投票日に調査・発表された速報値よりは信頼できるものだ。

2016年の闘い トランプVSヒラリー

トランプvsクリントン(ヒラリー)の投票を見ると、ヒラリーが投票総数で45%:48%で勝っていた。白人の間では、54:39であり、黒人の間では、6:91だった。しかし、白人の投票率は高く、黒人の投票率が低かったことがヒラリーの最大の敗因であった。ヒスパニック系の間では、28:66であるが、ヒスパニック層は実に多様であり、多くのヒスパニック系住民が、敬虔なカトリック教徒として宗教的に保守的な傾向があるということも言えるし、ヒスパニックとは、肌が浅黒いというような人種的な概念ではないことも背景にある。有権者の中にはヒスパニックとしてのアイデンティティを持ち、そのように回答しながら、同時に白人としてのアイデンティティも有している層が存在するわけだ。

トランプ氏は男性の支持を集め、女性には不人気であった。しかし全米に大きな衝撃を与えたのが、白人女性に限ってみると、47:45でトランプ支持がヒラリーを上回っていたという事実である。人種問題の方がジェンダーよりも根深く影響が大きな問題であると言い切ってしまっていいかは別として、人種問題がそこまで根深い問題であることを改めて明確になった。

BLM運動は民主党を利するのか

BLM運動は全米各地で同時多発的に行われ街を人が埋め尽くした(2020年)

実は、現在話題になっているBLM運動は2016年にも大規模デモを多数行い、時に警官隊と流血の衝突をしていた。人種問題が燃え盛ることによって、当時の民主党は当然その勢いを取り込もうとし、ヒラリーは彼女のこれまでの政策に理解のある女性を中心に黒人指導者にアプローチを試みた。しかし、BLM運動の指導者は逆に黒人たちに対してヒラリーに投票しないよう呼びかけたのである。

背景には、BLM運動の持つ反エスタブリッシュメント感情と、具体的なこれまでの民主党エリートとの衝突、そしてその分断を利用したロシアの黒人にフォーカスした選挙介入工作があった。選挙に出かけた黒人の9割が民主党に投票するという事実だけを見て、黒人の地位向上運動が民主党を資すると考えるのは都会エリートの発想である。

現実に、BLM運動が提起しているのは地域における公権力の不正と暴力であり、地域における具体的な搾取構造の問題である。地方政治で解決できない問題を連邦政府レベルで簡単には解決できないことを、オバマ大統領は身をもって示した。

バイデン前副大統領は、この黒人問題でも「やらかし」ている。黒人の司会のラジオ番組で、民主党に投票しない黒人は黒人ではないと言ってしまったからだ。政党所属意識の高い黒人であれば、本人がそのようなことを言っても許される。しかし、高齢の白人男性であるバイデンが長年にわたる政治キャリアで一向に人種問題とそれに起因する経済格差問題を解決できないでおきながら、そのような発言をするのは傲慢である。現に、黒人有権者は民主党やバイデンに対してフラストレーションを抱えているという調査結果が出ている。

「民主党に投票しない黒人は黒人ではない」と発言したバイデン前副大統領(右)

トランプ大統領は逆にこれを利用することができる。彼は黒人に対して自分に投票するよう呼びかけなくてよい。黒人の政治不信をあおればよいのである。また、トランプ大統領は、黒人からの支持を10〜20%しか得ていないが、そのわずかな支持を人種問題を経済問題に引き付ける態度によって調達している。コロナ禍以前は、黒人の失業率が史上最低となったこと、黒人の賃金が上昇していたことを徹底して強調しており、民主党が取り上げるアイデンティティの問題を脇に置き、とにかく経済格差の是正に注力することで共和党なりに人種問題に取り組むとしていたわけである。

民主党のクオモ知事を糾弾する旗を掲げたデモ参加者(撮影:三浦瑠麗)

今回のBLM運動の盛り上がりは、前回とは異なり、参加者の大多数が白人であることからも分かるように、人種差別に異議を唱えるだけでなく、格差問題やコロナ不安が入り混じった感情が働いていることが分かる。しかし、BLM運動の盛り上がりによって黒人の投票意識が高まったとする証拠はない。現に、前回の大統領選でも2018年の中間選挙でも黒人の投票率は低迷しているのである。これまでの黒人運動に比べてBLMが特徴的なのは、ネットワーク型の運動で組織立っていないこと、アイデンティティに主軸を置く民主党的アプローチではなくて、具体的な暴力被害に主軸を置いた運動をしてきたことである。

黒人の無力感のなかには、民主党も地元では抑圧側に加担してきたではないか、という不信感があるのだ。

全米に拡大した人種差別への抗議デモ 掲げられたメッセージは「Black Lives Matter」

米国は人種の違いが強調されすぎる結果、かえって有権者の本音としての人種差別の存在を浮かび上がらせている。共和党には安保・経済政策をはじめ様々な理念があるので、一概に人種差別の政党と糾弾することは正確ではないし、現在の世界と米国が抱える問題を解決する上では共和党的な解が必要と思われる場合が多いのは確かだ。人種差別を指摘するよりも、実際に黒人の経済状況を改善した方が、早い問題解決になる可能性もあるし、経済格差の再生産こそが人種差別を再生産している側面もある。だからと言って、現実に共和党の動員戦略は人種的な力学抜きには考えられないというのもまた真実である。

マイノリティが権利を獲得するには

世界には様々な国が存在する。シンガポールのように、多文化共生を国家理念の中にしっかりとうたいながら、中華系の民族の事実上の優越を明言するような国も存在するし、その反対であるマレー系の優越的地位を明言するマレーシアのような国家も存在する。欧州諸国の国家イメージの中では人種的な要素が意識的に排除されつつあるが、有色人種のフランス大統領やドイツ首相が誕生するまでにはしばらく時間がかかるだろう。

日本においても黒人の父を持つ大坂なおみさんのようなスタープレーヤーが首相になることができるのかどうかはまだよくわからない。米国における人種差別の歴史は苛烈なもので、ほかの国における差別と一概に同じ目線で語ることはできない。けれども、マイノリティが市民権を獲得したり、重要なポジションを占めるようになっていく過程には、どの国においてもある程度類似した構造がある。それは、人格者や同化したマイノリティが世間に受け入れられるという構造である。

ジャッキー・ロビンソン選手

それを私はジャッキー・ロビンソン現象と呼んでいる。ジャッキー・ロビンソン選手は黒人として最初に大リーグでプレーした選手だ。最近では、『42 世界を変えた男』という映画にもなっている。人種差別の壁を打ち破る存在として、ロビンソン選手は野球の実力もさることながら、飛び切りの紳士でなければならなかった。それは、白人選手には求められることのない二重基準であり、アンフェアだ。

ただ、当事者たちは差別を乗り越えるというより大きな正義のためにそのアンフェアな条件を甘受してきたのである。大衆は、人種差別をすべきでないという原理原則論ではなかなか動かない。けれども、紳士的で温和な黒人選手が苦しんでいる姿を目の当たりにすると感化される。私は、このようなプロセスが歴史的に必要だったことは理解する。しかし、黒人や女性という二重のマイノリティが温和である必要はもはやないということを打ち出したセリーナ・ウィリアムズ選手にも敬意を表したいと思う。

ふたたび、米国政治の本音

米国政治は本音で動いている。人種差別には皆が怒っているが、それを生み出しているのもまた社会の側である。デモが暴徒化することで治安の悪化が懸念される水準にまで達すると、世間の空気は変わる。トランプ大統領は一見不利な立場にあるが、デモが長引き、激化することで分断が深まり、トランプ大統領の岩盤支持層である白人層や、中産階級以上のマイノリティの支持を得られるという読みなのだろう。コロナ禍で好調な経済を追い風にできなくなったトランプ大統領は、2016年にも増して対立を煽る焦土戦略に出る。大統領選でどちらが勝ったとしても、米国の人種問題が緩和するのは遠い先の未来になるだろう。

【執筆:国際政治学者 三浦瑠麗】