軍事政権とは

ミャンマーのような軍事政権(軍政)にはいくつかのパターンがある。軍が特権階級の出自から成っているか、あるいは特権階級と密接に結びついている場合、軍自身が建国者である場合(革命軍)などが代表的な例である。建国の功労者として軍の影響力が大きい国であっても、さらに上部に政治エリートが存在してシビリアンコントロールが行われる場合は軍事政権とは呼ばない。

ミャンマーの場合、国軍は独立の功労者であり、その後は「ビルマ族化」が進められ、約7割の人口を占める多数派民族中心の支配階層による組織となった。国軍は独立の功労者であるのみならず、少数民族との間で長らく内戦を続けてきた。

上智大学根本敬教授によるデータを元に作成(図解イラスト:さいとうひさし)
この記事の画像(5枚)

彼らは鉱山、エネルギー、農業、金融、食品、インフラなどの主要な利益を掌握しており、利権の集合体でもある。経済運営では失敗を重ねて不満が集まるも、武力でそれを押さえこんできた。軍政の座からいったん降り、民主化が進みつつあった昨今でも、政府内政府として絶大な権力を維持していた。

利権と権力の掌握に拘泥するところは、軍政の典型的な行動である。厳しい制裁を課せば国全体は貧しくなるが、軍幹部は安泰だ。完璧な対応がとられなければ制裁を強化するというだけでは、ミャンマー国軍を説得することはできないだろう。

クーデターに抗議し警察と対峙する市民たち

許容されるクーデターとは

ここで少々視点を変えてみよう。国際社会に「許容」されるクーデターとはどのようなものか、ということである。エジプトでは、オバマ大統領がムバラク大統領に退陣を促したのち、選挙で勝利したムスリム同胞団が支配するに至った。しかし、イスラム主義を掲げる同胞団のモルシ大統領は2013年に軍によるクーデターで政権を追われる。それでも、ムスリム同胞団のイスラム主義と過激派許容の態度ゆえに、欧米ではクーデターを強く非難する声は聞かれなかった。エジプトではその後、軍人のシシ大統領が実権を握ったままである。

また、2016年にトルコで起きたクーデター未遂では、欧米諸国にはクーデターを「歓迎」する声さえあったことは特筆しておくべきだろう。現金なものだが、政教分離を重視する軍が、民族主義やイスラム主義からトルコを引き戻し、かつてのように欧州エリート寄りになってくれるのではないかという期待があったからだ。しかし、時代錯誤的なクーデターはトルコ国内で支持されなかった。いったんエリート支配が崩れ、政治勢力の多様化が進んだ後の社会では、クーデターは定着しにくい。クーデターに人々がついてくるかどうか、という側面は重要である。

タイのように政治リーダーが亡命して内戦化せず、軍政が秩序を保って曲がりなりにも国民の安全を維持している場合は、現状があいまいなかたちで許容されがちだ。タイに関しては王室が秩序の継続性を保っていることも影響しているだろう。この場合、逆説的ではあるが、成功したクーデターだからこそ外からは揺り動かせないということだ。

クーデターが許容されるか否かは、西側の価値観にも左右されるが、まずもって軍が事態を掌握し安定を保っているかどうか、流血の惨事を防ぎ自国民の安全を担保しているかどうかが重要な判断材料となる。

ミャンマー国軍の思惑とは

ミャンマー国軍はこの部分に関して状況を見誤り、苛烈な武力弾圧を行うという行動に出ている。武力制圧すればすぐに抗議活動が収まると考えていたのだろうし、権利意識を高めたミャンマー人の変化を考えに入れていなかったのだろう。

状況を見誤ったミャンマー国軍のミン・アウン・フライン総司令官

ここまでの経緯を見ていると、クーデターによる現状変更を既成事実化したいミャンマー国軍の考えは次のようなものと推察できるだろう。

・残虐行為をやめるのではなく、報道を抑圧し、なるべく早く一般市民による反抗を武力で抑えつけること(→一部成功しつつある)

・残る問題は少数民族の武装組織との内戦であると印象付けること(→これも中露がミャンマーに対するあらゆる制裁の可能性を阻んでいる以上、一部成功していると言えるだろう)

・NLDが政権復帰することは認めず、息のかかった文民政権を据えることで妥協をアピールすること

むろん、こうやって国軍の思い通りになることを許容してはならないが、国際社会からの圧力は長期スパンでしか意味をなさない。そのため、報道を規制しつつ、混乱の早期収束を図ろうとする国軍の時間稼ぎは今後も続くだろう。ASEANからの特使の派遣と説得により、どれほど早く武力行使から話し合いのフェーズへと移行させることができるかがポイントである。その点では、少数民族の武装組織も同時に停戦合意に応じる必要がある。内戦の激化は、国軍に市民の弾圧続行の理由を与えるだけだ。

抗議デモを続けるミャンマー市民

軍がやすやすと民主化推進のための憲法改正を承服するとは考えにくい。ミャンマーをいきなり先進民主主義国なみにしようとしてもそれは不可能だろう。民主主義の価値は最大限尊重されるべきだが、統治の安定と一定の経済的繁栄なしには、長期的に民主主義を成り立たせることは極めて困難だ。

そして、ここまで述べてきたように、紛争よりも共生を、反動よりも経済発展を選び取ってもらうべく、日本も努力せねばならない。長期的な知見に基づき、ミャンマーの人々の利益と現実に基づいた対応をすることが求められている。

【執筆:国際政治学者 三浦瑠麗】