中国が反発する福島第一原発の処理水放出を巡り、中国の新聞に映画「ゴジラ」を分析した興味深い記事が掲載された。中国のメディアは日本のメディアと違い、事実上国の宣伝機関である。その紙面や放送は政府や共産党の主張であり声だと言っていい。その分析とともに中国の現状と本音を探る。

ゴジラの変化は“核反省”の低下?

8月29日の中国の新聞「環球時報」より
8月29日の中国の新聞「環球時報」より
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8月29日、中国の新聞「環球時報」にゴジラを取り上げた記事が掲載された。

タイトルは
「日本映画に見る核汚染への反省の変化」

サブタイトルは
「ゴジラは核の怪獣から正義のヒーローへ」だ。

内容をまとめて説明すると、当初ゴジラは度重なる核実験から生まれた怪物で、核汚染に対する反省を表すものだった。

しかし時代とともにゴジラの娯楽化が進み、核への反省が弱まった、というのだ。

確かに放映当初は日本を破壊する悪役だったゴジラだが、放映を重ねるごとに他の怪獣と激突し、日本を守る英雄へと変化した。登場する怪獣の数も次第に増え、「ゴジラ対人」から「ゴジラ対怪獣」に構図が変わり、いわゆる「バトルロワイヤル状態」になったことも間違いではない。

さらにハリウッド版の“現代ゴジラ”についても記述がある。

”(核の)反省の意味がなくなった”(8月29日の中国の新聞「環球時報」より)
”(核の)反省の意味がなくなった”(8月29日の中国の新聞「環球時報」より)

「ゴジラを目覚めさせた首謀者がフランス人に変わり、かつて描かれていた広島の核被害の場面が削除された。日本への原爆投下と核汚染の歴史を薄めるものだ」とアメリカへの批判も展開されている。中国ならではの視点だ。

この理屈や分析はともかく、その着眼点と話の展開には驚きを通り越して感心した。執筆は複数の記者によるものだそうだが、ゴジラへの深い考察がうかがえる。

”「Fukushima50」も大きな議論に”(8月29日の中国の新聞「環球時報」より)
”「Fukushima50」も大きな議論に”(8月29日の中国の新聞「環球時報」より)

事故発生から対応に当たった職員らを描いた映画「Fukushima50」についても分析があった。曰く「原発の職員らは英雄のイメージで、何故事故が起きたのかを深く探っていない」という。最後は専門家の分析として、最近の日本映画には核汚染を扱ったもの、またこれを深堀りしたものが少なくなり、日本人の核への反省を弱めた、という話で締めくくられている。

記者は日本の映画をこと細かく見てこの記事を書いたのだろうか。

反発する中国の実態

中国外務省の報道官は日本への批判を繰り返した
中国外務省の報道官は日本への批判を繰り返した

映画の中身や分析はともかく、中国は「処理水を放出した日本が悪い」と言い続けている。正確に言えば言い続けるしかないのだろう。間違いや変節を認められないメンツがあり、政治が全てに優先する国の体制があるからだ。実際には「もっと味方する国が増えるかと思ったが、読み誤った」(外交筋)のが実態だろう。

日本大使館も中国と意思疎通を続けているが…
日本大使館も中国と意思疎通を続けているが…

それでも北京の日本大使館は科学的な根拠を求める中国に専門家同士の話し合いを呼びかけている。中国は今のところ応じていない。中国から日本への迷惑電話についても何度も申し入れを行っているが、中国外務省の報道官は「状況を把握していない」と記者会見で述べた。ネット上では日本に理解を示す専門家のコメントが削除されたという。一方、ゴジラの記事が掲載された同じ日の社説には「日本は卑劣な手段を取り、中国に逆ギレしている」との主張が掲載されていた。

8月29日の環珠時報の社説「日本は卑劣な手段で日本に逆ギレ」
8月29日の環珠時報の社説「日本は卑劣な手段で日本に逆ギレ」

中国には「指鹿為馬」ということわざがある。「鹿を指して馬という」転じて道理にかなっていないこと、正誤が逆であることを言う。ある日本の外交官がかつて中国外務省に抗議した際、中国の主張の合理性のなさに、この言葉を言い放ったという。

混乱する中国、正念場の日本

迷惑電話は罪の意識のない若者が多くかけていた
迷惑電話は罪の意識のない若者が多くかけていた

結果的に中国は「塩の爆買い」という国内の混乱を露呈し、日本への迷惑電話という愚行と恥を世界にさらした。多くの迷惑電話が興味本位や人の真似事として軽々しく行われていたことも罪深い。それを政府として本当に「把握していない」なら、それはそれで問題だ。

「中国外務省は事態をコントロールできていない」(外交筋)という声も聞かれる。対処しないのではなく、対処できないのだろう。前述の環球時報に、冷静に対応するよう国民に呼びかける社説が掲載されたのは、処理水放出から1週間後の8月30日だった。

中国のスーパーでは「塩の爆買い」状態に
中国のスーパーでは「塩の爆買い」状態に

一方で日本の海産物は中国の全面的な輸入禁止措置を受け、ホタテなどを扱う水産業者らは厳しい立場に置かれている。「今こそ日本の団結を発揮すべき。政治の役割だ」(同)という指摘があるように、逆境を力に変えることが出来るのかが日本の政治に問われている。

ちなみに私は幼少期、映画「ゴジラvsモスラ」を見て、当時は悪役だったゴジラと戦うモスラの悲運に涙した。このシリーズではザ・ピーナッツがモスラを呼ぶ「モスラ~や、モスラ~」の歌声も話題となり、モスラを守ろうとした日本人の姿もよく描かれていた。ゴジラの記事を書いた中国人記者が、日本人の優しさも感じ取ってくれることを祈るばかりである。

山崎文博
山崎文博

FNN北京支局長 1993年フジテレビジョン入社。95年から報道局社会部司法クラブ・運輸省クラブ、97年から政治部官邸クラブ・平河クラブを経て、2008年から北京支局。2013年帰国して政治部外務省クラブ、政治部デスクを担当。2021年1月より二度目の北京支局。入社から28年、記者一筋。小学3年時からラグビーを始め、今もラグビーをこよなく愛し、ラグビー談義になるとしばしば我を忘れることも。