米国カンザス州の人口2000人足らずの町の新聞社が、警察の捜索を受けて編集機材を押収されただけでなく、そのショックで共同オーナーが急死するということになり、全米に報道の自由をめぐる論議を呼び起こしている。
突然の家宅捜索…地元の有力者が警察に訴えた?
8月11日、カンザス州マリオン郡マリオン市の警察は、その全勢力である警察官5人と2人の保安官補を総動員して地元の新聞社「マリオンカウンティ・レコード」と編集長のエリック・マイヤー氏の自宅、それに記者たちの家を捜索して、記事情報や広告素材などが入ったコンピューターや携帯電話、Wi-Fiルーター、磁気ディスクなどを押収した。

その際に警察が提示した捜索令状をカンザス州のニュース・サイト「カンザス・リフレクター」が入手して11日に公開したが、それによると裁判官は次のような理由で捜索を認めている。
「宣誓の下で示された証拠を証査した結果、カンザス州法に違反する犯罪、具体的にはK.S.A. 21-6107 身分盗用及びK.S.A. 21-5839 コンピューターに関する不法行為を含む法律に違反し有罪と信ずるに足る理由があると認められた。また、その犯罪に関する証拠、成果、器具及び証拠とされる違法物が所持されていると判断した」

具体的な容疑は明らかにされていないが「カンザス・リフレクター」によれば、「マリオンカウンティ・レコード」は、地元の有力者でレストランのオーナーのカリ・ニューウェルさんが飲酒運転で検挙されたことがあり、現在も無免許で自動車を運転しているという情報を得て、記者がウェブサイト上に公開されているカンザス州の記録で確認した。
マイヤー編集長はこれを記事にはしなかったが、この事実が明らかになるとニューウェルさんのレストランの酒類販売免許が失効することになるわけで、ニューウェルさんが逆にマイヤー編集長らを警察に訴えて今回の捜索になったと地元では信じられているという。

同紙の歴史は古く1869年に創刊され、カンザス州中部のマリオン市を中心に毎週水曜日に週刊紙を発行している。カンザス州新聞協会のウェブサイトによると発行部数は2035部だが、マリオン市の人口は1902人(同市ホームページ)なので、町の支配的なメディアと言って良いだろう。
編集長のエリック・マイヤー氏は69歳で、ミルウォーキージャーナル紙の記者を経験した後イリノイ大学の教授を務め、親族が同紙を買収したのを機に編集長に就任した。その親族で同紙の共同オーナーがメイヤー氏の母親のジョアン・マイヤーさん98歳で、マイヤー氏と同居していて警察の捜索を受けたが、その翌日の12日心臓疾患で急死した。

「警察の違法な捜索は、母が耐え得る限度を越えるストレスを与えた」
マイヤー編集長はこう非難した。
「権力vs報道」めぐる論議に発展
ことここに至ると、問題は全米の注目を集めることになり「権力vs報道」をめぐる論議が巻き起こった。
「カンザスの小さな新聞への捜索が報道の自由に対する懸念を提起する」
(ニューヨーク・タイムズ紙電子版13日)
「カンザスの新聞への捜索は疑問を深めるばかりだ」
(ワシントン・ポスト紙電子版13日)
マスコミだけでなく、米国のジャーナリズムの総本山のような報道の自由財団も11日にセス・スターン理事長の次のような声明を発表した。
「報道によれば、金曜日(11日)のマリオンカウンティ・レコードに対する警察の捜索は、連邦法、憲法修正第1条そして基本的な人間としての良識に反しているようだ。関係者全員が恥を知るべきだ」

ここで理事長が「連邦法」というのは「1980年プライバシー保護法」のことで、ジャーナリストや報道機関を政府当局による捜査から保護することを目的とし「新聞、書籍、放送などに関わる者が所持する成果物を捜索または押収することは違法である」と定めている。このため、ジャーナリストに対する捜索は捜索令状ではなく、大陪審が発行する召喚令状が必要とされる。その手順を踏まなかった今回の捜索についてスターン理事長はこう断ずる。
「この国に蔓延している反報道的なレトリックが口先だけでなく、良い仕事をしようとするジャーナリストにとって危険な環境を作り出している」
こうした全米からの非難に、マリオン郡の地方検事はその後「マリオンカウンティ・レコード」に対する捜索令状を取り消し、同紙は押収された編集機材を取り戻すことができることになった。
それに先立ち、同紙のスタッフ総勢4人は、寄せ集めの機材を使い徹夜で編集作業をして16日号を発行したが、その一面には同社の心意気が縦2インチ(約5センチ)の大きな活字で踊っていた。

「押収された…しかし黙ってはいない」
同社の訴えを受けて、カンザス州捜査局(KBI)がことの経緯を刑事事件として捜査し始めたと伝えられる。
小さな町の飲酒運転問題は、今や「言論、出版の自由を犯してはならない」という合衆国憲法修正第1条をめぐる論議になってきた。
【執筆:ジャーナリスト 木村太郎】
【表紙デザイン:さいとうひさし】