2023年5月に行われたG7広島サミットで、ただ一人、各国の首脳らに被爆証言をした被爆者の小倉桂子さん。実は、小倉さんをきっかけに広島大学とアメリカのアイダホ大学が協定を締結し、交流が始まっている。

始まりは、アイダホ大学での被爆証言

2022年9月。85歳の被爆者、小倉桂子さんがアメリカ・アイダホ州の空港に降り立った。

2022年9月、アイダホ州の空港に降り立つ小倉桂子さん(一番前)
2022年9月、アイダホ州の空港に降り立つ小倉桂子さん(一番前)
この記事の画像(28枚)

州立アイダホ大学で被爆証言を依頼されたのだ。

“広島の原爆”を知らない人が多い町で、急きょ椅子を増やすほど、大勢の聴衆が集まった。小倉さんは原爆の悲惨さを英語で伝え、最後にメッセージを届けた。

アイダホ大学で被爆証言をする小倉桂子さん(85)
アイダホ大学で被爆証言をする小倉桂子さん(85)

被爆者・小倉桂子さん:
将来の子どもたちが核戦争に巻き込まれないようにしたいんです。だから私たちに何ができるかを一緒に考えてください。一緒に頑張りましょう

講演後、聴衆は次々と立ち上がり、大きな拍手を送った。小倉さんの言葉はアメリカの学生たちの心を動かしたようだ。

拍手を送る満員の聴衆
拍手を送る満員の聴衆

アイダホ大学 文学・芸術・社会科学学長・ショーンM. クインラン 博士:
アイダホ大学にとっても、学生や地域社会にとっても、本当に素晴らしい機会でした。今のウクライナとロシアとの戦争がある世界においてとても重要なことです

日本から届いた「被爆瓦」

アイダホ大学では、原爆資料館協力のもと小さな原爆展が開かれていた。

アイダホ大学で開かれた原爆展「ヒロシマを忘れない」
アイダホ大学で開かれた原爆展「ヒロシマを忘れない」

原爆展を見学した学生:
私はまだ圧倒されている。広島で起こったことを繰り返さない

学生にとっては初めて知ることばかり。その展示を機に、広島大学とのつながりが明らかになった。

写真や資料とともに展示されていたのが「被爆瓦」。原爆の熱線を浴びた物言わぬ証人だ。

なぜ、日本から遠いアイダホ大学が被爆瓦を所蔵しているのか。調べると、10年以上前に広島大学から届いたものだとわかった。送り主は広島大学研究員の嘉陽礼文(かよう れぶん)さん。20年以上、原爆ドームのそばで被爆瓦を拾い続けている。

嘉陽礼文さん:
これ、被爆瓦ですね。表面が溶けています

川底の泥の中から掘り出された被爆瓦
川底の泥の中から掘り出された被爆瓦

被爆から78年経ってもまだ見つかる被爆瓦。この日も嘉陽さんは、原爆ドームのすぐ横を流れる元安川の川底から、不自然に変色した瓦を拾い上げた。

戦後復興を支えた72年前のリスト

10年以上前、嘉陽さんは被爆の実相を伝えるためアメリカを中心に世界の大学に被爆瓦を送ろうと試みた。しかし、受け取りを拒否する大学は少なくなかった。そこで、なんとかしようと手に取ったのは広島大学に残っていた古い資料。

そこには、戦後間もない1951年に初代学長が世界の大学に送った手紙がとじられていた。
「世界最初の原子爆弾によって荒廃し焼野原になった大学をみずみずしい緑色で埋めたいので、協力をお願いしたい」

その依頼に対し、復興を願ってお金や種などを寄付してくれた大学もあった。その支援が学内の植樹につながり、焼野原だった土地が緑色に変わっていった。

植樹をする広島大学の森戸辰男初代学長
植樹をする広島大学の森戸辰男初代学長

大学の再建や緑化を支援してくれた大学なら被爆瓦も受け取ってくれるのでは…。そう考えた嘉陽さんは、リストを元に被爆瓦を送った。アイダホ大学もその1つで、種子と育林学に関する書籍、3ドルを寄付。被爆瓦も受け取っていた。

アイダホ大学の図書館には、広島大学との交流が大切に保管されていて、原爆展での展示につながった。

アイダホ大学 司書・ケルシー ケルスティングラークさん:
われわれは広島大学へ橋渡しをした数少ない大学の1つです。それは本当に誇りです。紛争の後にどう平和を築くことができるか、その例を学生に示すことも重要だと考えます

時を超えて広がる“大学間の交流”

2つの大学の時を超えたつながりが明らかになって5ヵ月後。2023年3月、アイダホ大学の関係者が来日し、小倉さんとともに平和公園を訪れた。もっと被爆の実相に触れたいと考えたのだ。

一行は原爆資料館も見学。原爆投下前後の広島を視覚的に伝える「ホワイトパノラマ」を見ながら、小倉さんの被爆証言を聞いた。

被爆者・小倉桂子さん:
私はここにいたの。確かに、ここにいた

広島市中区の原爆資料館を見学する一行
広島市中区の原爆資料館を見学する一行

原爆が何をもたらしたか。その現実を、目の当たりにした。そして、戦後につながりをもった広島大学にも足を運んだ。

広島大学の東広島キャンパス
広島大学の東広島キャンパス

そこには、アイダホ大学の寄付によって今も大学内で生き続ける樹木がある。

アイダホ大学からの寄付によって大きく成長した樹木
アイダホ大学からの寄付によって大きく成長した樹木

樹木は「平和大使」と名付けられている。

アイダホ大学 文学・芸術・社会科学学長・ショーンM. クインラン 博士:
小倉桂子さんの講演が呼び起こした強い感情を土台に、広島を訪れる機会となり、ここ広島で2つの大学の交流の機会を広げることができたのです

「被爆瓦を見る力を育ててほしい」

そして、アイダホ大学と広島大学は3月15日に「学術交流協定」を締結。学生や研究者が平和や環境など幅広いテーマで交流する予定だ。

広島大学・越智光夫 学長:
平和を希求する精神が連綿と受け継がれて今日に至って、大変うれしく思うとともに歴史の重みを感じます

大学間の交流のきっかけを作った小倉さんとアイダホ大学の関係者は、被爆瓦を拾う嘉陽さんに同行した。

小倉さんは被爆瓦を見つめ、こう訴えかけた。

被爆者・小倉桂子さん:
被爆者はそのうち亡くなって誰も証人がいなくなると言うけど、物こそ、遺品こそ証人である。それを見る人にどれだけ気持ちや力があるかということです。教育が大切だなと思いますね。被爆瓦を見る人たちを教育してください

被爆者・小倉桂子さん(左)の話に耳を傾ける嘉陽礼文さん(右)
被爆者・小倉桂子さん(左)の話に耳を傾ける嘉陽礼文さん(右)

72年の時を超えて平和への思いでつながった2つの大学。8月6日の原爆の日、アイダホ大学から学生と関係者が広島を訪れ、平和記念式典に出席する予定だ。

(テレビ新広島)

テレビ新広島
テレビ新広島

広島の最新ニュース、身近な話題、災害や事故の速報などを発信します。