2023年のインターハイが、7月22日に北海道で開幕する。雪辱を胸に予選となる静岡県総体に挑んだ磐田東サッカー部は県ベスト8で敗退。全国大会への挑戦権を手にしながらピッチにすら立てなかったあの時から間もなく1年。指揮官の言葉とともに、磐田東のこの1年の軌跡に迫る。夢舞台に立てなかった選手たちに、地元プロクラブ・ジュビロ磐田からの粋な励ましもあった。
サッカーに勝ちコロナに負けた
この記事の画像(7枚)「インターハイの出場辞退」。2022年7月24日、磐田東サッカー部が大会本部に申し出た。
前橋育英(群馬)との初戦を翌日に控えたチームで、1人の選手の新型コロナ陽性が判明し、大会規定に則り出場辞退となったのだ。
「サッカーに勝ちコロナに負けました」行き場のない悔しさをこう表現したのは、山田智章(としあき)監督(58)だ。
1試合1試合 成長している
2022年6月5日。袋井市のエコパスタジアムで行われた、県総体・決勝戦の舞台に立った磐田東イレブン。
県Aリーグ所属ながら、3回戦で常葉大橘、準々決勝で浜松開誠館、準決勝で静岡学園と、プリンス、プレミアリーグに所属する格上の強豪を次々と撃破し、藤枝明誠(プリンスリーグ)との戦いに駒を進めていた。
ここでもエース・谷野暁希(やの・あつき)選手(当時3年)が、チームの勢いを象徴するかの如く、開始38秒で電光石火の一撃を沈め、先制に成功。後半にも追加点を挙げ、17年ぶりの県制覇を果たした。
山田監督:
本当に1試合1試合、成長している姿を見ているのが楽しくて、すごく良い成長ぶりを見せてくれた。私たちのチームは特別な選手はいないので、とにかくひたむきに毎日一歩ずつ前進しながら、17年前は(全国で)1勝できなかったので、まずは1勝目指してまた精進します
チームの歴史を変える戦いに向け、2022年7月23日、インターハイの開催地・徳島入りした磐田東。しかし、残酷な現実に直面した彼らに、戦いの場が訪れることはなかった。
もう一回前を向こう
磐田に戻った後も感染が拡大し、合わせて9人の陽性が判明。
インターハイ辞退後、チームは徐々に活動を再開し、初めて対外試合ができたのは、あれから23日後の2022年8月16日だった。
再始動にあたり、うつむきがちだった選手たちを前に、山田はこう声をかけた。
山田監督:
インターハイに出る前は、ものすごくたくさんの方々に支援・声援をもらった。で、今度は逆に辞退することになって帰ってきたことで、それ以上の励ましの言葉をいただいている。サッカーをもう一回やらせていただけるチャンスをもらえるのであれば、前を向かなければいけないんじゃないか。インターハイの切符を勝ち取ったことは事実なので、そこは胸を張れ。あとは周りに感謝しつつ、もう一回前を向こう
地元からの支援は驚くべきところからもあった。憧れのプロクラブ・ジュビロ磐田が真剣勝負の舞台を用意してくれた。チームの背中を十分すぎるほど後押ししてくれる、大きな支えとなった。
山田監督:
プロのチームとできるとは思っていませんでしたし、私たちのためにそういう舞台を用意して下さって本当にありがたく思いました。選手たちにはそういう思いをしっかり受け止めて全力で頑張ろうと声をかけた。フレンドリーマッチとは言いながらも、プロ相手にどこまで自分たちのサッカーが通用するか、インターハイで(チームの)立ち位置が確認できなかったので、今回のゲームを通じてしっかり立ち位置を確認して、課題を抽出して、その先の県Aリーグ、選手権に結び付けていきたい
迎えた2022年8月20日。磐田東は、ジュビロ磐田のホーム・ヤマハスタジアムで躍動した。
ジュビロ相手に大健闘
30分×2本で行われた、磐田東とジュビロ磐田のフレンドリーマッチ。
後の2023シーズン、一気にチームの主役の座を掴んだ後藤啓介ら、若手やユースを中心にジャーメイン良など主力も絡んだジュビロに先制を許すも、磐田東は前半11分、右膝の靭帯損傷から復帰した、港聖頼(みなと・せら)主将(当時3年)が左足を振りぬき同点に。
さらにその10分後。「全国で試合が出来なかった悔しさが全部出た」と話すエース・谷野のゴールで2-1。一時は試合をひっくり返す大健闘を演じ、これには山田監督も目を細めた。
山田監督:
結果的には(2-3で敗れ)残念でしたけど、プロ相手に2点取ったというのは、彼らにとって非常に大きな自信になると思う。特に2点目は本当に崩して点を取ってくれたので、本来の自分たちのサッカーがプロ相手にちゃんと表現できたことは、選手権にすごくプラスに作用すると思う
試合後は、辞退したインターハイの初戦で戦うはずだった前橋育英に対し、優勝を祝う横断幕を掲げた選手たち。その姿は、プロ相手に大きな自信を掴み、冬でのリベンジを誓う力強い狼煙をあげているようにも見えた。
※山田智章(やまだ・としあき)監督
1964年12月17日生 旧清水市(現静岡市清水区)出身
選手歴:清水三中→清水商高→本田技研→PJMフューチャーズ ポジション:GK
磐田東で教員生活31年目・監督生活23年目(2023年現在)
2005年・2022年に監督として県総体優勝、インターハイ出場(2022年は辞退)
(テレビ静岡)