2022年7月8日、安倍晋三元首相が凶弾に倒れた。世界に衝撃を与えた事件から1年。私たちは、これまで1度も世に出ていない、犯行の瞬間を捉えた映像にたどり着いた。そこには、安倍氏の運命を分けた「空白の2.7秒」が映し出されていた。その映像をCG化し、徹底解析。

もし警護員がガードレールの外にいれば…。もし安倍氏が1発目で屈んでいれば…。「最後の砦」の防弾カバンが間に合っていれば…。

悲劇はなぜ起きてしまったのか?

凶弾に倒れた元首相

52歳で戦後最年少の総理大臣に就任し、第二次政権では8年間で衆参合わせ6回の国政選挙に勝利した安倍氏。日本の憲政史上、最長の任期となった総理大臣であり、その選挙の強さは無類のものだった。

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総理辞任後も、自民党最大派閥の長として強い影響力を持ち、2022年の参議院選挙を迎えた安倍氏は、応援演説のため全国を奔走していた。運命の7月8日、その姿は奈良県奈良市にあった。

「今日は本当に大変お忙しい平日の昼間に街頭に足を運んでいただき、誠にありがとうございました」

視聴者撮影(2022年7月8日)
視聴者撮影(2022年7月8日)

集まった市民を前に熱っぽく語りかける安倍氏。演説開始から2分17秒後、背後から近づいた山上徹也被告が発砲した。安倍氏は救急搬送されたが、病院で死亡が確認された。67歳だった。

山上被告の後方から捉えた映像

山上被告はこのとき、2発の銃弾を発射していた。警察庁がまとめた事件の報告書によると、1発目の銃弾が放たれてから、致命傷となった2発目が放たれ安倍氏が倒れるまでの時間は2.7秒。

実はこの「2.7秒」はいわば「空白の2.7秒」となっている。なぜなら、この事件のニュースで何度も目にした「安倍氏を正面から捉えた映像」では、1発目の銃撃の直後にカメラは下を向いてしまうため、2発目を発射するまでが映っていないのだ。

今回我々が確認した映像は、安倍氏の背後から近づく山上被告のさらに後方から撮影されたものだ。そこには、「空白の2.7秒」に何があったのかが映し出されていた。

周囲には4人の警護員が

我々は、確認した映像を忠実にCG化。安倍氏の周りには、警護員や自民党関係者などが、後方から取り囲むような状態でいた。そのうちの3人は奈良県警の警護員だ。3人は前方、横、後ろをそれぞれ警戒する予定だった。

さらに、安倍氏の最も近くには警視庁からの警護員が1人いた。この日までにおよそ140日間、安倍元首相の警護を担当した、要人警護のプロフェッショナルである。警護要員は合わせて4人だった。

演説場所は大和西大寺駅の北口にある、ガードレールに囲われた区画だった。

安倍元首相銃撃事件に関する報告書(警察庁)
安倍元首相銃撃事件に関する報告書(警察庁)

演説場所の選定に携わったという奈良市議会議員の山本憲宥氏によると、ほかの陣営も演説する場所であり、「違和感はない」という。さらに、警察庁の報告書によると、警護体制は正式な手続きを踏んで決済され、通常と変わらなかったという。

致命的な警備のミス

しかし忠実に再現したCG映像を分析すると、「警備の穴」が生じていたことが明らかになった。

映像には、1発目の銃撃の8秒前、「致命的な警護のミス」が映っていた。当初の警備計画では、4人の警護員のうち奈良県警の警護員は、ガードレールの外にいるはずだった。しかし映像では、ガードレールの内側にいる。

警察庁の報告書によると、その警護員は上司の警護員から「県道上の車両と接触する危険などがあるので、ガードレールの内側に移動しろ」と指示されたという。

この移動について、警視庁の特殊部隊SATの元隊員である伊藤鋼一氏は「動きづらいガードレールの内側に入るというのは、あってはならないこと。本来は交通を遮断する」と指摘する。

一方、山上被告が安倍氏に近寄るため車道に出た時、ガードレールの後方には自転車と台車を押す2人の男性がいた。映像では、警護員Cの視線が車道に出てきた山上被告ではなく、この2人の男性の方に向いてしまっていた。

その瞬間、山上被告は手をカバンに突っ込み、自作の銃を取り出した。

山上被告が安倍氏から7メートル手前まで歩み寄ると、ガードレールの内側にいた警護員がその存在に気がついたように見えるが、体は即座に動かない。銃口を安倍氏の頭部に向けたまま、山上被告は1発目の銃弾を発射したが、銃弾は当たらなかった。

空白の2.7秒に何が?

この先の様子は、安倍氏を正面から捉えた映像には映っていない。だが我々がたどり着きCG化した映像には「空白の2.7秒」の一部始終が映っていた。

まず山上被告の様子だ。

一発目の弾丸が発射された直後、反動のためか銃口が上へと向く。一方でその足を見ると、衝撃をものともせず、発射と同時に一歩前へと踏み出している。

さらに銃口を下に向け一歩、さらに一歩、そして狙いを定め、発射。わずか2.7秒で山上被告は1.7メートルも安倍氏に近づいていた。

一方警護側の動きを見てみる。

一発目発射と共に、山上被告が一歩進んでも、ガードレールの内側にいる警護員は動けない。さらに一歩を進んでも動けず。やっと動き出しても、ガードレールが邪魔で動きが制限されている。

この「空白の2.7秒」を撮影したもう一つの映像には、一発目発射と同時に安倍氏後方にいた2人の自民党関係者が身を屈めている様子が映っていた。

山上被告から見れば、安倍氏までの視界が開かれた形だ。銃口の先を辿ると安倍氏の喉元。あとはもう、引き金を引くだけだった。

その直前、動き出した男性の姿を映像は捉えていた。

警視庁の警護員である。要人警護のプロフェッショナルで、いわば最後の砦である警護員が手に持つのは防弾カバン。山上被告と安倍氏の間にそのカバンを差し込むが、その直後、安倍氏のYシャツの首元が一瞬、前方に引っ張られる。

のちに、銃弾は左肩と首に被弾したことが分かる。安倍氏はその場に崩れ落ちた。

「選挙への執念」

「空白の2.7秒」を埋める映像を見ていると、1つの疑問が浮かぶ。

視聴者撮影
視聴者撮影

一発目の銃撃直後、その音に周りの人々が身をすくませる中、安倍氏のみが拳を握り、聴衆に向き合い続けている点だ。もし、この時、少しでも早く反応できたなら、状況は変わっていたのではないか。

菅前首相にこの点を問うと、盟友である安倍氏と最後に交わした会話について明かしてくれた。

「亡くなる前の1週間前に名古屋の待合室でお会いしたんです。たまたま2人が名古屋に行っているのは知っていたんです。私が会いたいなあと言ったら時間が合わなくて、無いって言っていたんですけど、突然、安倍さんが、私が待っている部屋に来てくれたんです。

それが最後でしたね。その時、選挙について安倍さんが一人で延々と話したんですよ。やはり選挙に対しての執念というんですかね、そういうものは感じましたね」

あの日から1年。選挙という民主主義の根幹の場で、政治家の命が奪われたこの大事件を、私たちは決して繰り返させてはならない。