7月1日、中国でスパイを取り締まる法律が強化され、取り締まりの対象が拡大された。中国で活動する企業はもちろん、中国を旅行する日本人も注意が必要だ。

中国の重大事件発生現場を取材しても、住民は多くを語らず

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6月、関西テレビの取材班が訪れたのは、中国で最も取材が困難とされている新きょうウイグル自治区だ。その中心都市・ウルムチでは、2009年7月、漢族との経済格差などに不満を持ったウイグル族が、警官隊と衝突して大規模な暴動に発展し1900人近くが死傷した。

当時抗議活動の参加者と当局が向き合った場所の近くの店で働く人に取材すると…

暴動現場近くの店で働く人:
以前の抗議活動のことはよく分かりません。今は安全面の心配はなく、抗議活動は起こりえません

本当に知らないのか、答えられない事情があるのか、当時の様子を語ってくれる人はいなかった。 中国政府は大規模な抗議が起こって以降、監視体制をさらに強化。市内のいたるところに監視カメラが設置されている。取材班の周りでも中国当局とみられる人物が10人ほどで監視を行っていた。

また2022年11月、ゼロコロナ政策によって救助などが遅れたとして、中国政府への反発が広まったマンション火災について取材し、火事についてどう思うかなど尋ねても「私はよく分かりません」と住民たちは多くを語らなかった。

7月には「反スパイ法」が強化

人々が敏感な話題に口をつぐむ中、さらに7月から「反スパイ法」が強化された。中国におけるスパイ行為を取り締まるため、2014年に施行された法律で、これまでに少なくとも17人の日本人が拘束されている。その反スパイ法が7月1日から強化され、「国家機密や情報」に加えて、「その他の国の安全と利益に関する文書、データなどを盗み取る行為」が新たに対象になった。適用範囲が広がった上に、スパイ行為の定義も曖昧なままで、恣意的な運用が懸念されている。

松野博一官房長官:
中国側に詳細について説明を求めるとともに、法執行及び、司法プロセスにおける透明性の確保を求めてきています

中国外務省は「全ての国が国内の法律で国家の安全を守る権利がある」とその正当性を主張し、「法や規則に守り従えば、何も心配することはない」と述べている。

当局に6年間拘束された日本人が過酷な状況語る

もしスパイだと疑われたらどうなるのか。2016年から6年もの間、中国当局に拘束された、日中青年交流協会の元理事長・鈴木英司さん(66)は当時の様子をこう証言した。

中国で拘束された 鈴木英司さん:
映画に出てくるようなシーンでしたね。北京の空港に着いたときにタクシーから降りると「鈴木か?」という問いがあった。私が「鈴木だ」と言うより早くワッと囲まれ、拉致されるような格好で車に押し込まれた

その容疑は、東京の元中国大使館員から得た中国と北朝鮮の極秘情報を、日本政府機関に提供したというものだった。鈴木さんにとっては「古い友人」との会話で、極秘情報などはなかったが、それから7カ月間、中国当局の部屋で監視下に置かれた。

Q.四六時中監視されている?

中国で拘束された 鈴木英司さん:
そうです。カメラも置いているし、(人が)ここにもいる。1日4交代6時間ごと。夜も暗くなりません。照明消しませんから。ここから私が寝るのを見ている

7カ月間で太陽を見たのは一度だけだったという鈴木さん。その後の裁判で懲役6年などの刑が言い渡され、2022年にようやく刑期を終えて日本に帰国した。

中国で拘束された 鈴木英司さん:
私のような人間を作りたくないですね。中国の実態というものを、どうしたらいいかを皆さんにも考えてもらいたいし、国にも考えてもらいたい

専門家は「もともと恣意的な運用が可能な法。より何でもありに」

中国で「反スパイ法」が強化された。なぜ強化されたのか?今後さらに取り締まりが厳しくなるのか?企業だけでなく旅行者も気を付けた方がいいことなど、元警視庁公安部の捜査官で、スパイ問題に詳しい、日本カウンターインテリジェンス協会代表理事の稲村悠さんに聞いた。

稲村悠さん:
もともと恣意的な運用が可能な法ではあったんですけれど、平たく言ってしまうと、より何でもありになるような法律になるかと思います

まず強化された反スパイ法について整理する。7月「改正 反スパイ法」が施行された。これまでの反スパイ法は、外国機関などと共謀や国家機密の盗難などが対象だったが、新たに「国家の安全と利益に関わる“データ”の盗難・提供」なども対象となった。

反スパイ法が2014年に施行されてから、少なくとも日本人17人が拘束されている。2023年3月には、アステラス製薬の50代の幹部社員が理由も分からず拘束され、いまだに解放されていない。今回の“強化”のポイントはどこにあるのか?

稲村悠さん:
改正前から恣意的な運用が可能な法令だったんですけれど、対象が今回拡大されて明文化されることによって、当局が自信を持って摘発活動ができるようになったということになるかと思います

Q.「国家の安全と利益に関わる“データ”」も対象になるということですが、どういうケースで摘発が考えられますか?

稲村悠さん:
中国は国外のデータ流通を安全保障上のリスクと捉えています。例えばアメリカのコンサルティング会社とか調査会社というのが、摘発されているんです。例えば中国における企業と中国軍との関係とか、ウイグル人権問題に関するサプライチェーンの情報、そういったものに神経を尖らせています。メールでのやり取りだとか、ネットで検索してデータを保存するとか、そういったところも摘発の対象になるのではないかと思います。(具体的な内容として)例えば中国の近代史です。今の中国を物語るうえで外せない香港の問題だとか、そういったものに関して、中国は神経を尖らせていますので、そこに触れる内容がメールでやり取りされると、当局も過敏に反応するのではないかと思います

Q.これまでも厳しく監視されていたと思いますが、さらに強化するのは、習近平国家主席にどんな狙いがあるのでしょうか?

稲村悠さん:
習近平は「総体国家安全観」というものを唱えて、“政権の安定”だとか“体制の安定”というものを国家安全保障上、最も重要視しているんですね。その中で例えば西側の文化や価値観が流入して、自国民が感化されてしまって、それが習近平体制の不安定化につながることを極度におそれています。例えば中国の非公式警察、これも最近のトレンドですけれども、そういった現れじゃないかなと思います

万が一拘束されてしまったらどうなるのか。実際に拘束された日本人の証言があります。中国でスパイと疑われ6年間拘束されたのが、当時、日中青年交流協会の理事長だった鈴木英司さん。2016年7月、元中国大使館員から得た極秘情報を日本政府機関に提供した疑いで、中国当局に拘束された。7カ月間、プライバシーはなく、照明も消されない環境で24時間監視されていたということだ。寝る時に監視員に頭を向けて寝なければいけなかったともいう。7カ月間の取り調べの後、裁判で懲役6年が確定。2022年に刑期を終え帰国しました。鈴木さんは「中国に行く方は本当に注意して欲しい」と話している。

Q.法改正でこういったケースが増えるのでしょうか?

稲村悠さん:
人に対する摘発というのが急激に増加することはなかなか考えづらくて、むしろ企業に対する摘発が増加するのではないかと考えています。拘束されてしまった方の傾向を見ると、日中コミュニティに深く入り込んでいて、かつ日本の行政また情報機関と接点を持っていた方が拘束されている。むやみやたらと拘束しているわけではなく、ある程度人を選んでしていると思います

Q.日中関係によって状況が変わってくることも考えられるのでしょうか。

関西テレビ 神崎報道デスク:
2010年、日本の海上保安庁の船と中国の漁船が衝突した事件があり、一気に日中関係が悪くなったんですけど、それと同じタイミングで中国で日本の建設会社の社員が身柄を拘束されることがありました。外交交渉のカードで使われたということもあったので、やはり日中関係が悪化すると拘束される事案が増えるおそれはあります

注意すべきポイントは「写真撮影、地図・本、会話」

拘束されてしまうおそれがあるということで、私たちが中国に行く時に注意すべきポイントとして「写真撮影、地図・本、会話」だと稲村さんは指摘する。

まず、軍事施設やインフラ施設の写真撮影はNGとなる。

稲村悠さん:
例えば軍関連施設と知らずに、町の写真を撮っていて、偶然映り込んでしまって、当局に調べられてしまったというケースもあります。どれが軍事施設なのか、なかなか難しいです。現地では看板みたいなものがないので、なかなか見極めるのも難しい状況です

そして、地図や本も持ち歩かない方がいいとのことだ。

稲村悠さん:
ガイドブックの地図までは注意しなくていいんじゃないかなと思いますけれども、例えば歴史の書物であっても、中国に不都合な内容が書かれた歴史の書物であれば、当局は敏感に反応するだろうと思います。携帯のナビゲーションみたいなものは、例えば軍関連の施設でナビゲーションシステムを使っていると、軍の施設の配置だとかそういったものを調べようとしているんじゃないかと、当局が判断してしまうかもしれません

会話もNGだという。特に新型コロナ、ウイグル、香港、北朝鮮の話題などは口にしない方がいいということだ。

Q.これは誰かが聞いているということなのでしょうか?

稲村悠さん:鈴木英司さんの件では、すでに公開されている北朝鮮の情報について、会食の場で質問しただけで摘発されてしまっています。ということは、ある程度中国側は監視をしていて、対象者がそういった言葉を出した瞬間に摘発の根拠としている可能性があります

拘束された人を救い出すことは難しい

ここで関西テレビ「newsランナー」視聴者からの質問。

Q.拘束された人を救い出せるのですか?

稲村悠さん:
早期開放についてはめどが立っていないと推察されます。アメリカやロシアのように、スパイ同士を交換する「スパイ防止法」のようなものを作って、日本で中国のスパイを摘発して交換するみたいな手法が、世界の基準でもありますので、そういった手法が考えられるんじゃないかと思います

関西テレビ 神崎報道デスク:
世界的にはこのスパイ防止をどうやるかというのは課題となっていまして、日本にその法律がないのはウィークポイントなんじゃないかと言われているんですけど、人権を制限するものなので、どこまで日本がそこに踏み込むか今後の課題だと思います

中国に行く際は、十分に注意したほうがいい。

(関西テレビ「newsランナー」7月3日放送)

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