パリ近郊で警察官が移民の少年を射殺した事件をきっかけに始まった暴動は、フランス各地に広がっている。ついに、国連がフランスの治安当局による人種差別を指摘する事態に。果たしてフランスは自由・平等・友愛の国なのか。筆者がフランスで取材中に体験した、治安当局とのエピソードを紹介する。

ロックダウン下での出来事

新型コロナの蔓延を受けて、フランスが初めてのロックダウンに踏み切った2020年3月。外出禁止令が発出されていたものの、外出の理由を記載した「外出証明書」を携帯している場合、問題なく通行できるとされていた。

あの「花の都」パリがロックダウンに…フランスのみならず、世界中のメディアが“人影が消えたパリ”の取材に力を入れる局面である。我々も当然、取材に出た。通常の外出証明書に加えて、仕事で外出する際に必要な「職業用外出証明書」も携帯していた。

ロックダウン下で人影が消えた凱旋門周辺
ロックダウン下で人影が消えた凱旋門周辺
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フランスはジャーナリズムの国である。ジャーナリストに税制上の優遇措置を講じるほど、国民の「知る権利」に応えるこの仕事を重視している。以下は、そのフランスで起きたことだ。

同僚の記者がシャンゼリゼ通りで日本と中継をつないでリポートをしようとした時のこと。直前に数人の警察官が近寄ってきた。

「ここからすぐに立ち去れ!」

日本メディアであることを説明し、外出証明書も提示したが、「立ち去らなければ逮捕する」とまで言われた。仕方なく、屋外でのリポートを断念した。この際の警察官による恫喝が原因で、この記者は後までトラウマを抱えることになった。

翌日、今度は筆者が取材のためカメラマンと共にシャンゼリゼ通りを歩いていたところ、数人の警察官らに呼び止められた。歩いていただけで、威圧的な言葉で立ち退くよう言われた。日本のメディアであり、取材中であることを話してもその姿勢は変わらなかった。我々が理由について説明を求めたところ、彼らが発したのは「これ以上従わなければ逮捕する」という言葉だった。

取材を中止するよう呼びかけてきた警察官ら 2020年3月
取材を中止するよう呼びかけてきた警察官ら 2020年3月

カメラマンはすぐに、「あなたたちが言うことが本当かどうかパリ警視庁に確認する」と電話を取り出した。すると突然、「もういいから、もう分かったからどうぞ行って!」と、手のひらを返したように態度を変えたのだ。一連のやりとりから見て、ある種の嫌がらせのようなものであることが分かった。

カメラマンは、「差別だ」とつぶやいた。フランスで育った彼は、警察官による人種差別をよく知っている。

これは取材中の一幕にすぎない。この他、生活必需品を買いに行くために外出した際にも、他にも歩いているフランス人がいるにも関わらず、呼び止められるのはなぜかアジア系の筆者。一度や二度ではない。こうした声は、パリ在住の日本人の知人たちからも多く聞かれた。

「フランスは人種差別に真剣に対処を」

2023年6月27日、パリ近郊ナンテールで、交通取り締まりの検問を逃れようとした17歳の少年を警察官が射殺した事件をきっかけに、フランス全土で暴動が起きている。少年はアルジェリア系の移民2世だった。

事態を受けて国連人権高等弁務官事務所は6月30日、「フランスは人種差別主義や治安当局による人種差別の根深い問題に真剣に対処する時だ」と指摘した。フランスは、「自由・平等・友愛」を掲げる国。人種差別を指摘されるなど、大変な不名誉である。

国連人権高等弁務官事務所の指摘に対する声明(フランス外務省HP)
国連人権高等弁務官事務所の指摘に対する声明(フランス外務省HP)

フランス政府はすぐに、「根拠がない。フランスとフランスの治安当局は人種差別やあらゆる差別と断固として闘っている」と反論した。

警察官は“嫌われ者”

フランスに滞在していると、警察官などの治安当局に対する一般的なイメージが日本のそれとは異なると感じることがある。

日本の警察にも様々な不祥事や問題はあるものの、いわゆる「おまわりさん」といった呼び方があるように、街の警察官に対してはどちらかと言うと身近で「守ってくれる存在」という親しみやすい感情のほうが強いのではないだろうか。

一方、フランスでは治安当局によるイメージがそもそも平時から良くない。さらに言えば一般的に「嫌われ者」である。

警察権力は、「市民の自由を制限する」存在だと考えられているからだ。

「民衆を導く自由の女神」ドラクロワ作
「民衆を導く自由の女神」ドラクロワ作

ただ、フランスの治安当局が人手不足など過酷な勤務状況の中、テロの脅威や不法移民の急増、凶悪化する犯罪と常に対峙していることも事実だ。日本で過ごす私たちの想像を超える緊張下で任務をこなしているとも言える。日本とは治安状況が全く違うという大前提はあるだろう。

フランスでは、2016年にも治安当局によって拘束された移民男性が死亡している。また、交通取り締まり時の死亡事案は2022年は13件発生しており、2023年は今回で既に3件目。ロイター通信によると被害者のほとんどは黒人かアラブ系だという。

今回は17歳の少年が命を落とす痛ましい事件が起きてしまったわけだが、だからと言って全く罪のない店や車などを襲撃することや略奪が許されるわけではない。死亡した少年の遺族も「私たちが憎しみや暴動を呼びかけたことは一度もない」などとして、暴力をやめるよう呼びかけている。

石井梨奈恵
石井梨奈恵

元パリ支局長。2021年より、FNNプライムオンライン担当。これまで、政治部記者、 経済部記者、番組ディレクターなどを経験