アラブ首長国連邦(UAE)のムハンマド・ビン・ザーイド大統領は、ロシアが主催したサンクトペテルブルク国際経済フォーラムの主賓だった。6月16日にプーチン大統領と会談した同氏は、UAEへのロシア人「観光客」が大幅に増加していることに触れ、「特に民間部門での協力が両国関係の発展に大きな役割を果たす」と述べた。UAEの国営通信によると、「両者は継続的な二国間関係へのコミットメント」を表明したという。

UAE・ムハンマド大統領とロシア・プーチン大統領が会談(サンクトペテルブルク・6月16日)
UAE・ムハンマド大統領とロシア・プーチン大統領が会談(サンクトペテルブルク・6月16日)
この記事の画像(5枚)

“急成長”するUAE・ロシア間貿易

UAEは他の湾岸諸国と同様に、ロシアのウクライナ侵攻に際して「中立」な立場を宣言してきた。中立というと聞こえはいいが、実態はロシアに対する経済制裁に参加せず、むしろロシアとの経済関係を強化している。

それを象徴するのが二国間貿易の急成長だ。2022年には前年比68%増の90億ドルを記録した。主な理由はロシア産の農産物輸出の拡大だが、それだけではない。ロシアは制裁の結果、西側諸国に売れなくなった金や貴石、石油や石油製品のUAEへの輸出を大幅に増やしている。

ロシアの石油掘削装置。世界有数の産油国であるUAEにロシア産石油が輸送されている
ロシアの石油掘削装置。世界有数の産油国であるUAEにロシア産石油が輸送されている

ロシア国営タス通信によると、2022年にロシアのUAE向け輸出のほぼ4割を占めたのが金と貴石だ。石油と石油製品に関しては、市価より大幅に値引きした価格でUAEへの輸出を開始、ロイター通信は3月、タンカー追跡データに基づき、ウクライナ侵攻開始と西側諸国の対ロシア制裁導入をきっかけに石油の輸送量が増加したと報じた。UAEが世界有数の産油国のひとつであるにもかかわらず、そこにロシア産石油が輸送されている事実は、UAEがロシアの制裁逃れに関与していることを強く示唆する。

これはUAEからロシアへの輸出の増加にもみてとれる。2022年、UAEからロシアへの電子製品およびその予備部品の輸出は前年比の7倍に増加し、ロシアへの輸出品の中で最大のカテゴリーとなった。中でもマイクロチップの輸出は15倍に急増した。UAEは2022年、民間用ドローン158機(60万ドル相当)をロシアに輸出してもいる。ロシアが制裁ゆえに直接輸入できない品を、UAEから「並行輸入」している実態だ。

西側から圧力…“制裁逃れ支援”は困難に?

両国関係の強化は貿易の増加だけにとどまらない。タス通信によると2022年には100万人以上のロシア人がUAEを訪問し、前年比60%増となった。彼らの中には単なる「観光客」ではなく、ビジネスや資産をUAEに移転した人も少なくない。今やロシア人は、外国人の中で最も多くUAEの不動産を取引する存在となっている。

2022年6月には、ロシアの富豪や国家議員所有の豪華ヨットがドバイの港で確認された
2022年6月には、ロシアの富豪や国家議員所有の豪華ヨットがドバイの港で確認された

UAEの対外貿易担当国務大臣は4月、ロシアの富裕層がUAEを拠点とする暗号通貨取引所を通じて数十億ドルを清算しようしたため、多額の現金が流入したと述べた。

西側諸国はこれらの事実に基づき、UAEがロシアの制裁逃れやマネーロンダリングの「安全な避難所」になっているとして非難、4月には米財務省が、ロシアのウクライナ侵攻を支援した疑いがあるとして、UAEに拠点を置く2つの企業に対して制裁を発動した。

中東には「中立」を謳いつつロシアの制裁逃れを「支援」している国が数多くある。その代表がイランやトルコ、そしてUAEであるが、UAEはイランやトルコと比較し、経済的にも、軍事的にも、西側諸国への依存度がはるかに高い。これは、イランやトルコよりも、UAEの方が西側からの圧力に屈しやすいこと意味する。

その証拠に、2022年、UAEの多くの銀行がロシア人の口座開設を認めるのを停止した。2022年末にはロシア最大の商業銀行スベルバンクが、UAEの駐在員事務所の閉鎖を余儀なくされた。

今回のムハンマド大統領のロシア訪問は、UAEへのロシア資本移転やロシア人の金融・不動産取引、ロシアの制裁逃れ支援が困難になりつつある状況下で実現したものだ。

ムハンマド氏はプーチン氏に対しては「両国の関係の発展」に言及したと伝えられているものの、自身のツイッターでは「本日、私はサンクトペテルブルクでプーチン大統領と会談し、UAEとロシアの二国間関係、およびウクライナ情勢について話し合った」と述べている。

UAEは「中立」の名の下にロシアとの関係を継続させるだろうが、だからといって今後、自国の不利益を顧みず全面的にロシアを支援するようになるだろうと見るのは難しい。

【執筆:麗澤大学客員教授 飯山陽】

飯山陽
飯山陽

麗澤大学客員教授。イスラム思想研究者。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。博士(文学)。著書に『イスラム教の論理』(新潮新書)、『イスラム教再考』『中東問題再考』(ともに扶桑社新書)、『エジプトの空の下』(晶文社)などがある。FNNオンラインの他、産経新聞、「ニューズウィーク日本版」、「経済界」などでもコラムを連載中。