シンガポールで行われたアジア安全保障会議(シャングリラ会合)では、約50の国と機関から安保当局者や研究者ら500人以上が集まり、課題や防衛協力などを話し合った。最大の焦点は台湾をめぐる米中の駆け引きだったが、注目の米中会談は行われず。

BSフジLIVE「プライムニュース」では識者を迎え、米中関係や日韓関係を中心に今後のアジアの安全保障の行方について議論した。

見送りとなった米中国防相会談 挑発を繰り返す中国の思惑は

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新美有加キャスター:
シャングリラ会合では、米オースティン国防長官と中国の李尚福国防相の関係が注目された。オースティン国防長官は演説で「開かれた対話は紛争を防止し、アジア太平洋地域の安定を強化するために不可欠。今こそ話し合うべきとき」と発言。また「夕食の席で交わされる友好的な握手は、実質的な対話の代わりにならない」と釘を刺した。

宮家邦彦 キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹:
オースティン長官は、日本、韓国、フィリピン、オーストラリア等とのインド太平洋地域における同盟を作戦化する、つまり一緒に戦えるようにすると言っている。言っていることは従来と同じでも、それを担保するための軍事力を強めている印象。誤算に基づく不必要な衝突を避けるために対話が必要だと言っている。対話で問題が解決するなどと思ってはいない。

佐藤正久 元外務副大臣:
アメリカが国防相会談をやろうと言ったのに中国が断った、悪いのは中国だと言っている。米中はまだリスク管理のための対話ができていない。もう一点、アメリカが今どんどん内向きになってきて、応分の負担を同盟国・同志国に求めているとも感じる。

新美有加キャスター:
一方、中国の李尚福国防相の演説。「台湾を分離しようとする者があれば、中国軍は一瞬たりとも躊躇しない。いかなる代償を払っても、国家主権と領土保全を断固として守る」「米国が誠意を示し、言動に一貫性を持たせ、中国側と同じ方向に進むよう実践的に行動する必要がある」と発言。

朱建榮 東洋学園大学客員教授:
米中指導部の駆け引き。アメリカとだけ会わないことで、アメリカが中国を包囲していることを全世界に向けて見せようとしている。

反町理キャスター:
やっぱりアメリカが諸悪の根源だ、と世界の国々が感じたと思います?

朱建榮 東洋学園大学客員教授
朱建榮 東洋学園大学客員教授

朱建榮 東洋学園大学客員教授:
他の国は両方に原因があるという考え。一方的にアメリカの肩を持つのは日本ぐらい。それから、中国はアメリカが一方的に国内法で李尚福国防相を制裁していることに根本的な不満がある。

反町理キャスター:
ロシアからの武器購入を根拠に個人的に制裁を受けているから会談できない、という理屈か。

朱建榮 東洋学園大学客員教授:
第一にそれ。二点目は、バイデン大統領は他の国と組んで中国を包囲することはしないと言いながら、他の国と組んで包囲している。誠意を示せというのが中国の立場。

佐藤正久 元外務副大臣
佐藤正久 元外務副大臣

佐藤正久 元外務副大臣:
朱先生が言ったのは、中国が非常にちっちゃい国でならず者国家だということを正当化しようとしただけ。ペロシ下院議長の訪台後、あれだけ力による現状変更的なことをやった。アメリカにスパイ気球を飛ばした。バイデン・習近平の会談後に関係を悪くしたのは中国。だが、中国をかばうつもりはないが、そんなにちんけな国だとは私は思わない。日米を分断するために、日本とは会うがアメリカとは会わない選択をしたのならわかる。

宮家邦彦 キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹:
あくまで仮説だが、非常に国際的な視野を欠くがプライドが高いという人たちが、もし今、中国の人民解放軍の中にいたなら、アメリカが今のやり方を続ける限り、中国はもう話す気がないのではと思う。

新美有加キャスター:
シャングリラ会合前後に緊張が高まった状況。南シナ海で中国軍の戦闘機が、米軍の偵察機に異常接近して前を横切った映像をアメリカが公開。また、アメリカとカナダの海軍が台湾海峡で共同訓練を実施した際、中国艦が危険な方法でアメリカの駆逐艦に約140mという近さまで接近した。アメリカは「国際水域での安全な航行のルール違反」と抗議。中国は「挑発に対する必要な措置で、完全に合理的・合法的・安全で専門的」。

佐藤正久 元外務副大臣:
誰が見たって中国が悪いに決まっており、アメリカの言い分が正しいのだが、相当程度、中国がブチキレている。習近平政権が3期目になり、核心である台湾については軍部も行動で示す姿勢。

反町理キャスター:
これは前線の兵士がやってしまったのか、習近平指導部から断固たる措置を取れと言われての軍事的な行動なのか。

朱建榮 東洋学園大学客員教授:
後者で、軍として一致した意思決定だったと思う。だが、映像に真相があるとは限らない。背後にあるのは、アメリカが中国の領海・領空から50kmの接続空域のところに来たり、また台湾海峡で軍事演習をして挑発していること。中国としては我慢ならない。

宮家邦彦 キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹
宮家邦彦 キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹

宮家邦彦 キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹:
ならば、アメリカの領海から50kmのところまで行けばいい。この映像のように目の前を突っ切るなど、軍隊のプロとして最低。それを正当化しようというのは無理がある。もっと勉強した方がいい。2001年の海南島事件(南シナ海上空で米中の軍用機が衝突した事件)以来一貫して、プロフェッショナルでありながら意図的にそうでない仕事をやってきたのが実態。

反町理キャスター:
すると今回、中国が見せた姿勢の理由は。

宮家邦彦 キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹:
一つは、アメリカの政権の出方をテストしている。もう一つは個人的な推測だが、何らかの外交的な動きを潰すこと。米中が対話に向かうのを嫌がる人がいるとしか思えない。最上層ではなく人民解放軍の人たちがそう思っているのでは。

日韓間で懸案のレーダー照射問題 棚上げにしたわけではない?

新美有加キャスター:
シャングリラ会合では日韓の防衛大臣会合が行われた。話し合われたのが、2018年に韓国海軍の駆逐艦が日本海上空を飛行していた海上自衛隊の哨戒機に攻撃を意図する火器管制レーダーを当てた問題。浜田防衛相は「再発防止策を講じることに重点を置いて、実務協議から始めると合意した」として、韓国側の事実認定の表明は求めなかったと明らかにした。

佐藤正久 元外務副大臣:
ミスリードがある。防衛省は現時点で、事実関係を究明しないとは言っていない。今回合意したのは再発防止だが、事実関係の究明がなければ再発防止策にはならない。もう一つ、日本に対するとんでもないレーダー照射基準をやめさせること。

反町理キャスター:
「韓国側の事実認定の表明を求めない」という説明は間違い?

佐藤正久 元外務副大臣:
間違い。大臣が触れなかっただけ。本当は触れるべきと思うが、シャトル外交も再開する中、外務省は事実関係に触れずに再発防止で実務者協議を進めてもらいたい。だが命がかかった話であり、防衛省はしっかり事実解明をやりたい。その中間をとってこうなった。実務者協議から始めるということ以上でも以下でもない。

宮家邦彦 キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹:
棚上げはしていないが、やりあえば永久的に平行線が続く。戦略的に考えて何らかの落としどころを探るのも利益。曖昧にしておき、時間をかけて解決していく。

佐藤正久 元外務副大臣:
2024年4月の韓国の国会議員選挙を見る必要がある。与党が負ければ大統領はレームダック状態になるが、勝てばこの問題は前政権がやったことだとして動く可能性がある。また、仮に棚上げして日韓の防衛協力を進めてしまえば、日本の衆議院選挙に相当響く。焦って動かすことにメリットはない。

インドネシアの停戦案に、ウクライナは「まるでロシアの提案」

新美有加キャスター:
シャングリラ会合にはウクライナのレズニコフ国防相が参加。この意義は。

宮家邦彦 キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹:
支援を求める意味もあるが、まずウクライナとインド太平洋地域の情勢がリンクしていること。また、名指しはせずとも中国を含む一部の国々に、ロシアを支援しないようメッセージを送ること。

新美有加キャスター:
インドネシアが出した「停戦案」が注目された。「現在の両軍の位置で停戦し、前線から15kmの範囲を非武装地帯として国連が監視する」「住民の帰属は国連が管理する国民投票で行う」。レズニコフ国防相は「まるでロシアによる提案」と批判。

宮家邦彦 キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹:
主権、占領、撤退などの問題に全く触れず現状を固定しようというもので、ウクライナが受けるわけがない。なぜインドネシアがこんなことをするのかわからない。言うのは自由だが。

反町理キャスター:
中国が示した12項目の和平案でも、3番目に「停戦」がある。レズニコフ国防相は必要ないと言っているが、中国が仲介しようという姿勢は変わっていないか。

朱建榮 東洋学園大学客員教授:
そう。中国と同じく、大半のグローバルサウス国はこの戦争は長続きしてほしくないと思っている。ロシアが本当に追い詰められたら、絶対使っちゃいけないものを使う可能性がある。

宮家邦彦 キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹:
それは核の恫喝に屈することだ。

佐藤正久 元外務副大臣:
習近平政権はプーチンが倒れては困る。ある程度、自由主義的なリーダーが出てしまえば、国連で中国だけが孤立する。和平案の背景にはプーチンを支えたい意図が見える。

(BSフジLIVE「プライムニュース」6月5日放送)