音楽家の坂本龍一さん死去の一報が入った翌日、中国外務省の記者会見で異例の光景を目の当たりにした。中国メディアが質問で取り上げたのだ。

事実上、共産党と国の宣伝機関である中国メディアが、外交とは直接関係のない外国人の死を質すことなどまずない。異例中の異例だ。
“異例の質問”返答は日本へのメッセージ
報道官は哀悼とお悔やみを述べ、坂本さんの功績を賞賛し、最後にこう述べた。
「多くの中日の有識者が先人の意思を受け継ぎ、中日友好事業に献身的に取り組んでほしい」
折しもその前日には、北京で日中外相会談が行われたばかりだった。日本人拘束や半導体製造装置の日本からの輸出規制強化など問題が山積する中、政治的には譲歩しなくても、民間レベルの交流は重視するという呼びかけだ。経済の立て直しが急がれる中国にとって、日本との関係を構築したい本音の一端だろう。

実際、坂本さんの死去に関する報道官の発言は国内メディアでは大きく報じられていない。つまりこの発言は、中国国内ではなく、日本に向けたメッセージだと見ることが出来る。
「ラストエンペラー」には触れず
興味深い出来事がもうひとつあった。
実は坂本さんに関する質問は、報道官にしっかり答えてもらうため、FNN北京支局が中国外務省に事前に概要を提出していた。文面は「映画『ラストエンペラー』(中国語では「末代皇帝」)の曲を手がけた坂本さんは中国でも広く知られている。彼の死去についてコメントを」というものだ。実際には前述のように中国メディアが早々に指名されたのだが、その質問には「ラストエンペラー」という単語が一切使われなかった。

中国と坂本さんを結びつける映画「ラストエンペラー」が質問で使われなかったのも腑に落ちない。中国国内の政治闘争「文化大革命」を含む政治的な内容が含まれていることが原因か、「習近平氏は皇帝になった」(外交筋)という話から来る忖度か。我々が質問しないよう、差配されたと思えてしまう。
全てが政治と結びつく中国
中国は上野動物園のジャイアントパンダ・シャンシャンが中国に戻った際にも日中友好を強調した。今回の坂本さんに関する発信もそれと同じ手法である。

中国は海外から批判されると「問題を政治化するな」という主張をよくするが、「中国は全ての事象が政治と結びついている」(外交筋)のが実態だ。かつての周恩来首相が語ったとされる「外交に小事はない」を改めて痛感した。
中国人に浸透する「世界のサカモト」
「ラストエンペラー」の舞台となった故宮を見下ろせるのが、北京市にある景山公園の高台だ。

天安門とは反対側、故宮の北から一望出来る景色は美しく、お勧めの観光スポットでもある。

坂本さんの死去が報じられた翌日、この景山公園に取材で行ってみると、平日にもかかわらずたくさんの老若男女が集まり、その景色を楽しんでいた。「坂本龍一」を知らなくても「ラストエンペラー」や「戦場のメリークリスマス」を知っている人は何人もいた。

話を聞くとその死を悼むだけでなく、「彼の音楽を聴くと安らかになり、浸ってしまう」「彼の音楽には民族性があった」など、その芸術性を高く評価する声もあった。
日本人の対中感情には改善の兆しが見えないが、中国人の対日感情は決して悪くないようだ。取材中、警備に止められて現場を後にせざるを得なかったのが残念だったが、「世界のサカモト」を実感したひとときでもあった。
(FNN北京支局長 山崎文博)